書評
『或るろくでなしの死』(KADOKAWA/角川書店)
俗情と詩情を往復し、怒りと哀しみに満ちた言葉を紡ぎ出す作家の死を主題とした短篇集
〈俺〉は金で仕事を請け負う殺し屋だ。ある町で標的を始末した〈俺〉は、殺しの現場を見られた、という不安を覚えて現場近くに留まった。予感は当たり、目撃者が〈俺〉の前に姿を現す。それは年端もいかない小娘だった。口止め料としてハムスターを買えと要求された〈俺〉は、それを買い与える。だが娘は、石を拾って手に入れたばかりの小動物を撲殺してしまう。そして、〈俺〉にこう言うのだ。「ねえ、またハムスター買ってよ」と——。平山夢明『或るろくでなしの死』は、第十三回大藪春彦賞と第二十八回日本冒険小説協会大賞を受賞した長篇『ダイナー』(ポプラ社)以来、二年ぶりに作者が発表した最新作品集である。
平山は綱渡りのような危うさで俗情と詩情の間を往復し、怒りと哀しみに満ちた言葉を紡ぎ出す作家だ。殺しという行為を媒介にして男と少女が結びつく表題作は、緊張感の途切れることがない傑作である。真っ赤に目を腫らしながら動物を殺し続ける少女・サキの心の内側を見てしまった瞬間、読者は自分が引き返せないほど遠くに来てしまったことに気づくはずだ。そこは、選ばれた者だけが描き出せる極点である。ようこそ、平山夢明の世界へ。
感情が枯死し、自分の中のすべてが無になっていくさまが淡々と綴られる「或るからっぽの死」、極端すぎる思慕の念が一人の人間を焼き尽くしていく「或る愛情の死」など、全七篇に共通しているのはなんらかの〈死〉が描かれていることだ。その形はさまざまであり、酔っ払いがぶちまける反吐(へど)のような唐突さで現れることもあれば、緩やかに背後に忍び寄る死もある。〈死〉という決して元に戻すことのできない引き算に、これほどまでに多様性があることに驚かされた。
収録作中の白眉は表題作とともに書き下ろされた「或る英雄の死」だろう。筒井康隆の全盛期を思わせる短篇だ。幼いころに溺死しかかったところを友人の〈ばふん〉に助けられたサトルは、自らの英雄として彼を崇拝し続ける。その畏怖の念は〈ばふん〉が人生に敗北し零落した後も変わらなかった。その二人が安酒に酩酊したせいで醜悪なものを見てしまうのである。哄笑する悪魔に、こう告げられているような気持ちになる小説だ。「人生は無意味だ、無意味だ、無意味だ」と。嗚呼、パンドラの匣(はこ)は開かれてしまった。
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