書評

『耳をふさいで夜を走る』(徳間書店)

  • 2020/05/14
耳をふさいで夜を走る / 石持浅海
耳をふさいで夜を走る
  • 著者:石持浅海
  • 出版社:徳間書店
  • 装丁:文庫(375ページ)
  • 発売日:2011-09-02
  • ISBN-10:4198934258
  • ISBN-13:978-4198934255
内容紹介:
並木直俊は、決意した。三人の人間を殺す。完璧な準備を整え、自らには一切の嫌疑がかからないような殺害計画で。標的は、いずれも劣らぬ、若き美女たちである。倫理? 命の尊さ? 違う、そんな問題ではない。「破滅」を避けるためには、彼女たちを殺すしかない!! しかし、計画に気づいたと思われる人物がそれを阻止しようと動いたことによって、事態は思わぬ方向に……。本格ミステリーの気鋭が初めて挑んだ、戦慄の連続殺人ストーリー。

男の目的は三人の女たちを確実に殺し さらに絶対に捕まらないことーー驚嘆の殺人計画が静寂の闇を切り裂く

岸田麻理江、楠木幸、谷田部仁美。並木直俊は、三人の女性の殺害を決意した。確実に殺し、なおかつ捕まらない。その命題のため慎重に犯行計画を練る並木だったが、気短かな運命の女神が彼から時間の余裕を奪ってしまう。ある事件が起きたため、一夜のうちに三人全員を屠らなければならなくなったのだ。誰を最初に殺すべきなのか。そのための最も効率のいい手段は何か。冷徹な計算を胸に、彼は夜の街を走り始める。

『耳をふさいで夜を走る』は、多彩な才能の持ち主が集まるミステリー界の中でも群を抜いて際立った個性の持ち主、石持浅海の新作長篇である。石持は、前例のない作品を提供することにこだわりを持った作家だ。たとえば『セリヌンティウスの舟』(光文社文庫)は、ある変死事件の関係者の中に「悪意を持った人物がいなかった」ことを証明する話だった。しかも、風変わりな着想をぶつけてくるだけではなくて、細心の努力を払って読者を説得してくる。ありうべき「選択肢」を可能な限り潰していく叙述形式がとられているため、どんな奇妙な設定でも、読者は最終的に納得させられてしまうのである。


緻密な行動描写で

その説得の技法を最大限に活用したのが本書だ。たとえば、並木直俊が絶えず意識しているのは、確実に対象を殺害するにはどうしたらいいのか、ということである。そのために一切の感情を殺し、最良の選択肢を探すことに徹している。描かれるのは残酷な行為なのに、行動描写があまりに緻密なことに圧倒され、読者は思わず許容してしまう。

今回石持が勝負を賭けたのは、並木が三人の女性を殺さなければならないと決意した動機が、読者に受け入れられるか否かという点だろう。もちろん殺人は反社会的な行為だから、単純な善悪論で判断されればそれまでである。犯行の過程を克明に描いているのは、並木と読者をシンクロさせるための手管と見た。読む人の視点が並木と完全に同調したとき、初めて驚異の真相が明かされるのである。

人には好悪の感情があり、独自の価値基準を持っている。だが、本書で描かれる「動機」は、そうした個の事情に左右されることを一切拒絶したものだ。作者はただ事実だけを読者に示し、これを受け入れるかと尋ねてくる。静かな物言いだからこそ胸に沁みるのだ。
耳をふさいで夜を走る / 石持浅海
耳をふさいで夜を走る
  • 著者:石持浅海
  • 出版社:徳間書店
  • 装丁:文庫(375ページ)
  • 発売日:2011-09-02
  • ISBN-10:4198934258
  • ISBN-13:978-4198934255
内容紹介:
並木直俊は、決意した。三人の人間を殺す。完璧な準備を整え、自らには一切の嫌疑がかからないような殺害計画で。標的は、いずれも劣らぬ、若き美女たちである。倫理? 命の尊さ? 違う、そんな問題ではない。「破滅」を避けるためには、彼女たちを殺すしかない!! しかし、計画に気づいたと思われる人物がそれを阻止しようと動いたことによって、事態は思わぬ方向に……。本格ミステリーの気鋭が初めて挑んだ、戦慄の連続殺人ストーリー。

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初出メディア

週刊現代

週刊現代 2008年7月19日

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