安倍政権支える草の根の改憲集団
安倍政権の陰にちらつく「日本会議」。名前だけでよく知らないな。宗教団体の集まりで神社本庁が主役じゃないの? いえいえ、「生長の家」人脈が仕切っているんです。菅野完(すがのたもつ)氏が丸一年かけ丹念に資料を発掘、初めて明らかにした事実だ。日本会議は一九九七年設立。前身は「日本を守る会」と「日本を守る国民会議」(当初「元号法制化国民会議」)だ。この二団体は四○年前、地方議会に意見書を提出するなど活発に活動、元号法制化に成功した。だが靖国神社国家護持法制定運動では宗教団体の足並みが乱れ失敗。その反省から結成したのが日本会議だ。国柱会、霊友会、佛所護念会教団、崇教真光、神社本庁、天台宗、黒住教など、新旧の宗派や団体の寄り合い所帯だ。
著者の嗅覚が鋭いのはここからだ。日本を守る会に参加していた生長の家が、日本会議で抜けている。生長の家は谷口雅春が一九三○年に設立した宗教団体。政治活動に熱心だったが、八三年末急に政治から手をひいた。でも一部は本体と無関係に政治活動を続け、いま安倍首相の周囲を固めている。
第3次安倍内閣の全閣僚一九名のうち一六名が、日本会議国会議員懇談会のメンバー、と本書にある。さらに首相補佐官衛藤晟一、日本政策研究センター代表伊藤哲夫、日本青年協議会会長椛島(かばしま)有三、の三名がキーパーソンだ。いずれも生長の家で政治活動の経験者。政権には「生長の家」人脈が食い込んでいる。
日本青年協議会は日本会議と本部が同じフロア。集会や地方議会への請願、署名集めを担当する日本会議の実務部門だ。この協議会は、生長の家の学生運動家だった椛島有三が、一九七○年に立ち上げている。
椛島と衛藤の原点は、長崎大学「正常化」運動だ。生長の家の若手だった彼らは六六年、民族派学生として自治会選挙で左翼学生に勝利した。この方式を他大学にも広げるため「九州学協」を組織。委員長が椛島、副委員長が衛藤である。
伊藤哲夫は新潟大学出身、生長の家で中央教育宣伝部長だった幹部だ。八四年に日本政策研究センターを設立、改憲運動などを展開。彼が二○○七年に出版した『憲法はかくして作られた』は、生長の家政治本部が八○年に出した改憲パンフレットの再出版だ。そして自民党憲法改正推進本部の方針は、日本政策研究センターの案にそっくりである。たとえば、従来の懸案だった九条を後回しに、緊急事態条項を最優先に掲げるなど。
著者はさらに調査を続け、キーパーソン三名を束ねる謎の人物、生長の家幹部だった安東巖の正体にも迫っている。
安倍首相は党内基盤が弱く、食い込む余地があった。小選挙区制では、動員がきちんとでき票が読める日本会議は頼りになる。多くの政治家と持ちつ持たれつになるのも無理はない。
日本会議は、保守派市民運動の成功例で、共和党宗教右派に似る。アメリカの福音派はよくノンデノミネーショナル(教会の垣根なし)を掲げ、誰でも参加できる草の根運動を進める。日本会議も教義を棚上げし「何となく保守」で連帯している。その昔、左翼と対決するうち、ビラやパンフ、集会、動員といった手法を学び、洗練させた。大きな物語が壊れたあとの中ぐらいの物語なのは、オウムと同じ。左翼の運動手法を真似る点はナチスと同じだ。しかも日本会議が提案する憲法改正(緊急事態条項)は、非合法を合法にするトロイの木馬。最大限の警戒が必要だろう。
谷口雅春の思想がなぜ、改憲と民族主義に行き着いたのか。そのロジックの解明が、本書の与えるつぎの課題である。