書評

ルーク・ハーディング『スノーデンファイル』、グレン・グリーンウォルド『暴露』

  • 2018/04/23

自由の国揺るがす、諜報機関の暴走

諜報(ちょうほう)機関員のイメージは中年女たらしのジェームズ・ボンドや引退間際の英国紳士スマイリーに代表されてきたが、エージェントの主な活躍舞台がIT世界になった今日は、エドワード・スノーデンによってこそ、代表されるのかもしれない。

その人物像は、評伝的要素が盛り込まれた『スノーデンファイル』に詳しく描かれている通り、痩せぎすで、髭(ひげ)が似合わない童顔で、ITスキルの高い、大雑把には「おたく」と分類される内気な青年である。さらにその思想的背景を追えば、小さな政府と個人主義の徹底を主張する共和党リバタリアン支持者である。日本の米軍基地にも勤務したスノーデンは国家安全保障局(NSA)の極秘情報を閲覧できるIT管理部門に籍を置き、その行き過ぎた情報の専横に違和感を覚え、逮捕されることを覚悟の上で内部告発に打って出た。

スノーデンファイル 地球上で最も追われている男の真実 / ルーク・ハーディング
スノーデンファイル 地球上で最も追われている男の真実
  • 著者:ルーク・ハーディング
  • 翻訳:三木 俊哉
  • 出版社:日経BP社
  • 装丁:ハードカバー(336ページ)
  • 発売日:2014-05-16
  • ISBN-10:4822250210
  • ISBN-13:978-4822250218
内容紹介:
世界最強の情報組織NSA(米国国家安全保障局)の職員エドワード・スノーデンが引き起こした「世紀の情報漏洩」の一部始終。

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暴露された最高機密の一部はスノーデンの最初の接触者であるジャーナリスト、グリーンウォルドの『暴露』に公開されている。

NSAはサーバー各社、電話会社など一般企業をも傘下に置き、友好国の政治家や一般人のプライバシーをも完全に掌握することで、アメリカのみならず世界をその支配下に置こうとするまで暴走した。9・11以降のテロ対策という大義を最大限に拡大し、情報の透明性を高めることを公約に掲げたオバマの政権になってからも、さらにNSAは情報の占有を極めた。なぜそんなことをしたのかに対する前共和党大統領候補のマケインの私見が笑える。「できるからしたのだろう」

日本でもつい先ごろ、アメリカと安全保障上対等になりたいがためか、「国家安全保障局」を中核とする国家安全保障会議が発足し、秘密保護法に基づき、情報の秘匿に本腰を入れ始めた。

国家や企業の不正を内部告発する者が一人もいない世界……それはほとんど北朝鮮か、中国であるが、それらの国家を批判するアメリカや日本は内部告発者が正義を発揮しやすいわけでもない。逆にいえば、スノーデンや彼に協力したジャーナリストたちがいたからこそ、辛うじてアメリカにおける報道の自由、あるいは国家の専横に個人が対抗しうる自由を行使できたわけである。

冷戦時代に旧ソ連からの亡命者を保護していた「自由の国」アメリカは、冷戦構造の終焉(しゅうえん)が宣言されてから二十年後、検閲や盗聴により、国民を監視下に置く全体主義の国に成り果てた。そのアメリカから追われる身になったスノーデンの亡命を認めたのがロシアだったというのは何という皮肉か。

冷戦は終わっていなかった。ただ、目立たなかっただけだ。

暴露:スノーデンが私に託したファイル / グレン・グリーンウォルド
暴露:スノーデンが私に託したファイル
  • 著者:グレン・グリーンウォルド
  • 翻訳:田口 俊樹,濱野 大道,加藤 陽生
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:ペーパーバック(384ページ)
  • 発売日:2014-05-14
  • ISBN-10:4105066919
  • ISBN-13:978-4105066918
内容紹介:
国家安全保障局(NSA)と中央情報局(CIA)という合衆国の二大情報機関に籍を置いたエドワード・スノーデンは、自身の運命と膨大な最高機密文書を筆者に託した。稀代の情報提供者の実像と、監視国… もっと読む
国家安全保障局(NSA)と中央情報局(CIA)という合衆国の二大情報機関に籍を置いたエドワード・スノーデンは、自身の運命と膨大な最高機密文書を筆者に託した。稀代の情報提供者の実像と、監視国家アメリカの恐るべき実態がいま、白日の下にさらされる。権力の濫用によって危機に瀕する市民の自由、そして報道の自由―これはもはや、一国の問題ではない…。スノーデンと真っ先に密会して数万の機密文書を託され英紙『ガーディアン』にピューリッツァー賞をもたらした著者がいま、彼の実像とファイルの全貌を白日の下にさらす!

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朝日新聞

朝日新聞 2014年6月8日

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