書評

『ヤマト正伝 小倉昌男が遺したもの』(日経BP社)

  • 2018/09/09
ヤマト正伝 小倉昌男が遺したもの / 日経ビジネス
ヤマト正伝 小倉昌男が遺したもの
  • 著者:日経ビジネス
  • 出版社:日経BP社
  • 装丁:単行本(264ページ)
  • 発売日:2017-07-21
  • ISBN:4822236870
内容紹介:
正念場のヤマト、試される小倉イズム小倉昌男の後を継いだ歴代経営者が語った守るべきもの、変えてゆくもの――

「宅配便」の生みの親が遺した経営の神髄

社会インフラのイノベーション「宅配便」を生み出した希代の経営者、小倉昌男。本書は小倉の退任以降、ヤマトグループの経営を担った5人の社長の経営の軌跡と、彼らから見た小倉像を描く。

小倉昌男は論理の人だった。彼が遺(のこ)したもの、それは経営の骨格となる論理であった。本書で繰り返し出てくる「サービスが先、利益は後」という論理はその典型である。戦略的意思決定の要諦はトレードオフにある。サービスと利益はそれ自体では二律背反の関係にある。両方を追求すれば「二兎(にと)を追うもの一兎をも得ず」。小倉は常に優先順位をはっきりさせる。

小倉の経営の神髄は、トレードオフを単純な選択の問題としないことにある。サービスを取って利益を捨てるわけではない。目的はあくまでも両方を達成することにある。ここで論理の出番となる。論理とは「XがYをもたらす」という因果関係についての信念である。因果関係である以上、論理は必ず時間を背負っている。要するに順番の問題である。ダントツのサービスを提供すれば利益は後からついてくる。荷物の受け手の満足を高めれば、やがて発送者はヤマトを選択する。

戦略の優劣は個別の打ち手そのもので決まるわけではない。戦略は箇条書きのアクションリストではない。打ち手が明確な論理でつながり、戦略が時間的な奥行きをもった「ストーリー」になる。ストーリーの中で表面的な二律背反が解け、好循環が生まれ、両方が実現される。ここに戦略の内実がある。

一人の経営者の求心力やカリスマと違って、論理には属人性がない。面白いことに、後任の5人は誰も「小倉昌男になろう」とは思っていない。彼らは「小倉さんだったらどうするだろう」と論理をたどることによって変化に対応し、難局を打開してきた。経営者が何代も代わっても、小倉イズムが脈々と継承されている理由は、それが論理の体系だからだ。

本書の白眉(はくび)は、東日本大震災を受けての当時の社長、木川眞(まこと)氏による「宅配便1個につき10円の寄付」──年間純利益の4割に相当する──という決断のエピソードだ。「サービスが先、利益は後」の真骨頂、「ヤマト魂」の本領発揮である。社会インフラを支える企業としての強烈な意志と矜持(きょうじ)を表明した。「人に人格があるように、企業も『社格』というものを高めなければならない」と小倉は言っていたという。死後二十数年、小倉の遺した論理の骨格は確かに一流の社格として結実した。
ヤマト正伝 小倉昌男が遺したもの / 日経ビジネス
ヤマト正伝 小倉昌男が遺したもの
  • 著者:日経ビジネス
  • 出版社:日経BP社
  • 装丁:単行本(264ページ)
  • 発売日:2017-07-21
  • ISBN:4822236870
内容紹介:
正念場のヤマト、試される小倉イズム小倉昌男の後を継いだ歴代経営者が語った守るべきもの、変えてゆくもの――

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初出メディア

週刊エコノミスト

週刊エコノミスト 2017年11月21日

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