書評

『ブラックスワンの経営学 通説をくつがえした世界最優秀ケーススタディ』(日経BP社)

  • 2017/09/24
ブラックスワンの経営学 通説をくつがえした世界最優秀ケーススタディ / 井上達彦
ブラックスワンの経営学 通説をくつがえした世界最優秀ケーススタディ
  • 著者:井上達彦
  • 出版社:日経BP社
  • 装丁:単行本(280ページ)
  • 発売日:2014-07-19
  • ISBN-10:4822250296
  • ISBN-13:978-4822250294
内容紹介:
ここに、1つの逆説的な事実があります。前述したようにマネジメントの学会では、現在の統計学の大ブームが起こる前から統計学をベースにした研究が主流であり、多くの論文が学術雑誌に掲載さ… もっと読む
ここに、1つの逆説的な事実があります。前述したようにマネジメントの学会では、現在の統計学の大ブームが起こる前から統計学をベースにした研究が主流であり、多くの論文が学術雑誌に掲載されてきました。記憶に残らないような示唆しかもたらさない仮説であっても、それを検証できれば掲載されるという統計調査の方が有利で、掲載比率では、全体の約9割を占めています。つまり事例研究の掲載比率は1割にも満たないのです。量的には存在感が薄いといえるわけです。
しかし、その反面、ベストアーティクルとして学会賞を受賞するような論文となると、事例研究の存在感がぐっと増します。最近の傾向を見ると、米国の学会、アカデミー・オブ・マネジメントが発行する『アカデミー・オブ・マネジメント・ジャーナル』(Academy of Management Journal、通称AMJ)では約50%が事例研究によるものです(2000年代から2013年現在)。マネジメント関連で、権威ある学術雑誌として名高い『アドミニストラティブ・サイエンス・クオータリ』(Administrative Science Quarterly、通称ASQ)では、発行後の5年間の影響力を評価して最優秀論文賞を決定しますが、受賞論文の約70%を事例研究が占めています(2000年以降から現在)。
(中略)

実務家の意思決定に役立つ優れた事例研究

経営学研究の方法は主として二つに大別できる。一つは統計分析を用いた仮説検証型の研究で、もうーつが事例研究(ケーススタディー)。アカデミズムの主流は前者で、主要な学術雑誌に掲載された論文の9割が統計分析だ。事例研究は量的には存在感が薄い。しかし、面白いことに、アメリカ経営学会(AOM)が毎年選出するその年の最優秀論文賞の研究の半分以上が事例研究となっている。

本書は事例研究という方法論の魅力を鮮明に描く。タイトルがうまい。ブラックスワン(黒い白鳥)とは「ありえないこと」の例え。経営現象におけるブラックスワンを見いだす。ここに事例研究の強みがある。事例研究はコンテキスト(ある事象を取り巻く状況や脈絡)を含んだ考察を可能にする。ある相関関係が一般的に成り立つことが統計分析で確認できたとしても、「なぜそうなるのか」という論理に立ち入るのは難しい。事例研究は複雑な現象の背後にある因果メカニズムを解明するうえで優れている。

最優秀論文賞を受賞した五つの研究が紹介されている。「急進的な組織変化が、そのプロセスで創発的にゆっくりと進行するのはなぜか」「なぜ効果が認められているイノベーションが普及しないのか」といった通説に反する現象のメカニズムを探る研究の中身が面白いのはもちろんだが、本書の白眉は事例研究という思考様式の実務家にとっての有用性を示すところにある。

経営者は重要な意思決定をしばしば迫られる。しかし、そこでの事象は特殊なコンテキストのもとでの一回性の出来事である。全く同じ前例はない。こうやったらうまくいくという法則はもとよりない。しかし、過去に起きた事例の中から論理的に類似したパターンを選び、それを当該の意思決定の状況に適用することで、よりよい行動が可能になる。これがアナロジー(歴史的推論)だ。

優れた経営者は決まって優れたアナロジーの使い手である。過去の自分の経験を「事例研究」し、そこから「要するにこういうことだ」という論理を引き出し、個別の意思決定に適応する。自らの経営経験が事例として最も強カなのは間違いない。しかし優れた事例研究を知ることは、またとない経営疑似体験となる。実務家にとっての事例研究の最大の意義は、アナロジーのベースとそれを現実に適用する論理の力を豊かにしてくれることにある。

経営の最も深淵なアートの部分への扉を開く一冊である。
ブラックスワンの経営学 通説をくつがえした世界最優秀ケーススタディ / 井上達彦
ブラックスワンの経営学 通説をくつがえした世界最優秀ケーススタディ
  • 著者:井上達彦
  • 出版社:日経BP社
  • 装丁:単行本(280ページ)
  • 発売日:2014-07-19
  • ISBN-10:4822250296
  • ISBN-13:978-4822250294
内容紹介:
ここに、1つの逆説的な事実があります。前述したようにマネジメントの学会では、現在の統計学の大ブームが起こる前から統計学をベースにした研究が主流であり、多くの論文が学術雑誌に掲載さ… もっと読む
ここに、1つの逆説的な事実があります。前述したようにマネジメントの学会では、現在の統計学の大ブームが起こる前から統計学をベースにした研究が主流であり、多くの論文が学術雑誌に掲載されてきました。記憶に残らないような示唆しかもたらさない仮説であっても、それを検証できれば掲載されるという統計調査の方が有利で、掲載比率では、全体の約9割を占めています。つまり事例研究の掲載比率は1割にも満たないのです。量的には存在感が薄いといえるわけです。
しかし、その反面、ベストアーティクルとして学会賞を受賞するような論文となると、事例研究の存在感がぐっと増します。最近の傾向を見ると、米国の学会、アカデミー・オブ・マネジメントが発行する『アカデミー・オブ・マネジメント・ジャーナル』(Academy of Management Journal、通称AMJ)では約50%が事例研究によるものです(2000年代から2013年現在)。マネジメント関連で、権威ある学術雑誌として名高い『アドミニストラティブ・サイエンス・クオータリ』(Administrative Science Quarterly、通称ASQ)では、発行後の5年間の影響力を評価して最優秀論文賞を決定しますが、受賞論文の約70%を事例研究が占めています(2000年以降から現在)。
(中略)

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初出メディア

週刊エコノミスト

週刊エコノミスト 2014年9月16日

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