だまされず、共犯者にもならず賢く食べるために
十数年前、東北を旅していたとき「ふかひれアイスクリーム」に遭遇したことがある。二百円なのに、高価なふかひれ? 疑心暗鬼で買ってみると、何かヘンだ。無数に混じる極太の「ふかひれ」は異様な金色に輝いており、ぶりぶりの奇妙な歯応え。ピンと来た。
これが人造ふかひれか!
噂(うわさ)には聞いていたが、遭遇したのは初めてだった。食品添加物のアルギン酸ナトリウムとゼラチンの混合液を注射器から押し出せば簡単に製造できるらしく、原価を落として利益率を上げるために広く流通しているという。そのほか、いくら、キャビア、フォアグラ等、“高級食材”ほど人工製造の対象になっている。人造いくらは「湯をかけても白濁しない」から正体が判別できると言われたものだが、いまや「湯をかけると本物と同じように白濁する」“高級ニセモノ”も存在するので気が抜けない。影でぺろりと舌を出している奴(やつ)がいる。
本書が暴くのは、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)する「食品偽装」の内実だ。生物学者・科学ライターの著者は、「食べてはいけない」と煽(あお)るのではなく、どんな食品が偽装可能か、実際にどんな偽装が横行しているのか、世界中の一般例を数多く指摘する。
十章中七章、次の食品ジャンル別に偽装の実体が述べられる。
オイル、鮮魚、肉、牛乳、香辛料、ワイン、野菜。
そもそも大量生産される植物油は、同じような脂肪酸の組み合わせをもつ異種の油を混ぜれば容易に不正可能で、検査しても発覚しにくい。オリーブオイルの品質と値段は、いぜん不透明なままだ。魚は特に虚偽表示されやすく、魚種のすり替えは朝飯前。製品の重量を水増しするため、食品業界で広く使用される保存料STPPに魚介を長時間漬ける過程は珍しいものではない。消費者は、水分に対してカネを支払わされているのだ。
しかし、著者はあくまでも冷静な姿勢を崩さない。
もし環境と自分の身体と財布を気にかけるのなら、最上のアドバイスはこれだ。自分が食べる魚介類のことを知りなさい
「だまされない」消費者になるためには、まず自分が口にする食品を知ることだと繰り返し説く。異種の肉の混入、内容物のすり替え、原産地のごまかし。香辛料の増量工作……敵は、虎視眈々(こしたんたん)と科学を駆使して攻めてくる。
今後、食品偽装を助長する一因になりうるのは「気候変動」であるという警告も重要だ。農産物の生産量の低下、魚介類の生息状況の変化、家畜の病気の流行などがもたらす経済不安、苦境、食糧供給のインフラの混乱。これらは、とかく変化を嫌がる消費者の食習慣や意識、行動様式にもおおいに起因している。詐欺に憤っているだけでは、現況は変えられない。
それにしても、知らないということは恐ろしい。偽装の事実に気づかないまま消費していれば、私たちは偽装の片棒を担がされ、結果として共犯者になってしまうのだから。
複雑巧妙な食品偽装を白日のもとに曝(さら)し、現実認識の背中を押す一冊。苦い現実に暗澹(あんたん)たる気持ちも味わうが、科学によって生まれた偽装を見破るのも、おなじ科学であるというところに一抹の救いを見いだす気分だ。