書評

『ジジイの片づけ』(集英社クリエイティブ)

  • 2021/03/26
ジジイの片づけ / 沢野 ひとし
ジジイの片づけ
  • 著者:沢野 ひとし
  • 出版社:集英社クリエイティブ
  • 装丁:単行本(176ページ)
  • 発売日:2020-10-05
  • ISBN-10:4420310898
  • ISBN-13:978-4420310895
内容紹介:
片づけを習慣にすれば、明るく幸せな毎日になる! 読めばサッサと片づけしたくなる、23編のイラストエッセイ。谷川俊太郎氏推薦!

物を減らすだけではない 絶えず世界を活性化する営み

全編、キラーワード満載。

たとえば服について。

いつもハイキングに行くような服を着ていると、生活にめりはりがなくなり、最後には訳がわからなくなって寝間着かジャージ姿で町を徘徊しださないとも限らない。

タンスは人生の鏡である。(中略)下着の上下、靴下、ハンカチ類、シャツ、セーターは四季に合わせすべての品物は四枚が限界と思えば、服の氾濫や土砂崩れは起きないはずだ。

御意。とはいえ、理解に現実が追いつかないところに、片づけの沼がある。1944年生まれ、七十代後半の著者は自身の経験や思考を投入、家も頭も身体も爽快な方向へにじり寄ろうと奮闘中だ。この人生の沼に正面から挑む男性、とりわけ「ジジイ」は稀少な存在である。

沢野さんの片づけは毎朝五時過ぎに始まる。早朝十分間、台所の食器やら玄関の靴やら、散らばったものを本来の場所に戻しながら心身のストレッチ。窓を開けて朝の風を入れて良い気を取り入れ、「ジジイはとにかくひがみやすい」から、気分が滅入れば迷わず窓拭き。引き出しは収納場所にアラズと心得、一段めは空っぽ状態をキープ。翌日必要な診察券とか老眼鏡を用意したり、外から帰ったら領収書や財布、時計、ときに未整理の切り抜きや本。この空白の一段を「知性の箱」と名づける気迫に感じ入る。本もCDも生ものだから、好奇心を刺激されなくなったら即刻処分。薬箱も、箱は捨てて中身だけ入れ、スカスカに。

「人の生活とともに必要なものが動き、生きた状態にすること」が、片づけである。

この哲学に貫かれているから、ちょっと惜しいギターも処分。湿っぽい気持ちを一掃して人生にケジメをつけ、「ジジイ」の本領を発揮する。

なぜこの境地に達したのか、読み進むうち納得した。十代の頃から没頭してきた山歩きは、いかに荷物を最小限にして身軽になるか、その実地訓練でもあった。ザックの中身の整理整頓にしても、身の安全に直結する。年季の入った山での実体験が、日常の片づけの源泉なのだった。

冒頭に掲げられたモノクロ写真、アトリエのデスク周りは痛快だ。仕事が終わるたびに元通りに片づけるから、何ひとつ外に出ていない。流行りの断捨離やミニマリスト路線ではなく、絶えず「動かす」行為によって生活を活性化させるところに極意がある。

それでも、思うようにはいかないらしい。家族がなかなか物を捨ててくれないと嘆き、自身も大量の原稿用紙が捨てられない。しかも、こんな純情の告白に、私は涙目になってしまった。「妻には見せられない」、ある女性からの手紙の束をついに処分する決心をしたとき、山のような手紙のなかから目を閉じたまま、トランプのように一枚だけ抜き取り、それを「死ぬまで大事に大事にしておきたい物だけを入れる」机の五段めの引き出しに収めたというのである。

そのうえで、自身を叱咤する。

ものを置かないということは、決断力を鍛えることでもある。

決断力の玉虫色もまた、人生の妙味なのだ。片づけにまつわる爽快と複雑にユーモアをまぶして語りながら、「ジジイ」の自分を身ぎれいにして片づけようとする過激な踏み込みがすてきだ。
ジジイの片づけ / 沢野 ひとし
ジジイの片づけ
  • 著者:沢野 ひとし
  • 出版社:集英社クリエイティブ
  • 装丁:単行本(176ページ)
  • 発売日:2020-10-05
  • ISBN-10:4420310898
  • ISBN-13:978-4420310895
内容紹介:
片づけを習慣にすれば、明るく幸せな毎日になる! 読めばサッサと片づけしたくなる、23編のイラストエッセイ。谷川俊太郎氏推薦!

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初出メディア

サンデー毎日

サンデー毎日 2020年12月20日号

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