コラム

海音寺潮五郎『赤穂義士』(講談社)、渡辺保『忠臣蔵』(講談社)、丸谷才一『忠臣蔵とは何か』(講談社)など

  • 2018/11/08

文庫で読むオリジナル「元禄」

忠臣蔵の本は十二月と三月に刊行されることが多い。文庫でも多士済々だが、まず赤穂事件の概要を史実に即して理解するには、海音寺潮五郎の『赤穂義士』(講談社文庫)が便利だろう。口碑伝説の多いこの事件を、信用の置ける文献本位に、多くの創見を加えて整理してみせた正統的史伝。

新装版 赤穂義士 / 海音寺 潮五郎
新装版 赤穂義士
  • 著者:海音寺 潮五郎
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(392ページ)
  • 発売日:2009-10-15
  • ISBN-10:4062764784
  • ISBN-13:978-4062764780

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渡辺保『忠臣蔵――もう一つの歴史感覚』(中公文庫のち講談社学術文庫)は、忠臣蔵がこれほど民衆に愛されたのは『仮名手本忠臣蔵』などの芝居の力が大きいとして、現実の出来事がどのように共同幻想としての演劇に収斂していくかを綿密に跡づけている。ほかに史伝スタイルの定本として福本日南の『元禄快挙録』が岩波文庫に収録されているが、現在品切れなのは残念。

忠臣蔵 もう一つの歴史感覚 / 渡辺 保
忠臣蔵 もう一つの歴史感覚
  • 著者:渡辺 保
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(368ページ)
  • 発売日:2013-11-12
  • ISBN-10:4062922037
  • ISBN-13:978-4062922036
内容紹介:
「忠臣蔵」はなぜ、かくも日本人に愛され、いかに歌舞伎最大の古典になったのか。そして「忠臣蔵」をつくったのは本当はだれなのか。

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元禄快挙録 上 / 福本 日南
元禄快挙録 上
  • 著者:福本 日南
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:文庫(320ページ)
  • ISBN-10:400331591X
  • ISBN-13:978-4003315910

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しかし、忠臣蔵は史実という点から見ればほとんど洗われつくし、手垢にまみれた感がないでもない。このような現状に一石を投じたのが丸谷才一の『忠臣蔵とは何か』(講談社文芸文庫)で、討入りの浪士たちが火事装束を身につけていることにヒントを得て、忠臣蔵が曽我物語を典型とする御霊信仰の枠組みにあるとし、そこから生じた演劇性、呪術性を解明、さらには将軍綱吉あるいは徳川体制への呪いが盛りつけられている『仮名手本忠臣蔵』の重層的構造を指摘するなど、日本人の精神史としての忠臣蔵に新しい照明を投げかけた。

忠臣藏とは何か / 丸谷 才一
忠臣藏とは何か
  • 著者:丸谷 才一
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(284ページ)
  • 発売日:1988-01-27
  • ISBN-10:406196013X
  • ISBN-13:978-4061960138
内容紹介:
なぜ忠臣蔵は人気があるのか。『たった一人の反乱』の作者が、あのたった47人の反乱の謎を解明し、忠臣蔵論のパラダイムを変革した、文芸評論の名作。野間文芸賞受賞。

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フィクションとしてはまず大佛次郎『赤穂浪士』上下(時代小説文庫)をあげるべきだろう。昭和二年(一九二七)という不安の時代に現れた作品だけに、赤穂側、吉良側の確執を一種の体制内の闘争として捉え、堀田隼人や蜘蛛の陣十郎など架空の人物に反体制的な役割を与えることによって、元禄という時代を昭和に引きつける。“義士”を“浪士”とした最初の例としても注目される。

赤穂浪士〈上〉 / 大佛 次郎
赤穂浪士〈上〉
  • 著者:大佛 次郎
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(696ページ)
  • ISBN-10:4101083045
  • ISBN-13:978-4101083049

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年代的にはこのあと真山青果の戯曲『元禄忠臣蔵』上下(岩波文庫)が来る。昭和九年(一九三四)から七年がかりで書かれたもの。「第二の使者」「吉良屋敷裏門」「仙石屋敷」といった構成に独自の工夫が感じられ、緊迫した台詞が見事である。海音寺潮五郎の『赤穂浪士伝』上下(中公文庫のち文春文庫)も戦時中の作品だが、当時武士道が封建的忠誠に過ぎず、日本人の本来の道は皇室への忠誠であるべきだとする世論に反駁する意味で執筆されたという。

元禄忠臣蔵〈上〉 / 真山 青果
元禄忠臣蔵〈上〉
  • 著者:真山 青果
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:文庫(360ページ)
  • 発売日:1982-08-16
  • ISBN-10:4003110110
  • ISBN-13:978-4003110119
内容紹介:
忠臣蔵ほど日本人が愛着を持ちつづけてきたドラマはないだろう。元禄年間以来数多くの作品が生みだされてきたが、この『元禄忠臣蔵』連作10篇こそはその頂点にたつ傑作である。周密堅固な構成、重厚な科白まわし、そして論理と論理が激しくぶつかりあって火花を散らす登場人物の対話。力強い緊張感が深い感動をよびおこす。

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赤穂浪士伝〈上〉 / 海音寺 潮五郎
赤穂浪士伝〈上〉
  • 著者:海音寺 潮五郎
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(308ページ)
  • ISBN-10:4167135361
  • ISBN-13:978-4167135362
内容紹介:
本所・吉良邸において大石内蔵助を中心とした元浅野家中四十七人が本懐を遂げた元禄十五年十二月十四日。この大望の日を迎えるまでの浪士たちのそれぞれの日々を、丹念に綴った著者得意の列伝。上巻は、高田馬場の決闘で一躍名を挙げた中山安兵衛が堀部弥兵衛の養子となるまでの経緯を描いた「養父の押売り」他六篇を収録。

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戦後は江崎俊平『赤穂浪士』(春陽文庫)に続いて、森村誠一『忠臣蔵』全五巻(角川文庫)がある。綱吉の悪政から筆を起こし、柳沢吉保の死にいたるまで、時代背景を重視しながら関係人物のエピソードを追っていく。朽木民部なる反体制派や、西鶴の後身として石原無息庵なる人物を設定したところがミソ。

赤穂浪士 / 江崎 俊平
赤穂浪士
  • 著者:江崎 俊平
  • 出版社:春陽堂書店
  • 装丁:文庫(257ページ)

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吉良忠臣蔵 / 森村 誠一
吉良忠臣蔵
  • 著者:森村 誠一
  • 出版社:KADOKAWA/角川書店
  • 装丁:文庫(318ページ)
  • 発売日:2015-03-25
  • ISBN-10:4041029279
  • ISBN-13:978-4041029275
内容紹介:
「浅野内匠頭、吉良上野介に刃傷」の報は、青天の霹靂のような衝撃となって江戸城を駆け抜けた。しかし、実態の江戸城中・松の廊下の刃傷事件の背後には、冷酷無比な罠が張り巡らされており――。

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現代人が忠臣蔵に惹かれるのは奢侈繁栄の時代における反体制という主題にあるのだろうが、元禄という時代を通史的に理解するには、児玉幸多『日本の歴史・元禄時代』(中公文庫)がある。また、この時代の尾張藩奉行の日記『鸚鵡籠中記』を解説した神坂次郎『元禄御畳奉行の日記』(中公文庫)も見逃せない。当時の武士の風俗や好尚が鮮やかに描かれているが、とりわけ目につくのは彼らの演劇好みで、赤穂事件のイメージが演劇によって形成されたことを側面から立証する結果となっている。

日本の歴史〈16〉元禄時代 / 児玉 幸多
日本の歴史〈16〉元禄時代
  • 著者:児玉 幸多
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(559ページ)
  • 発売日:2005-11-01
  • ISBN-10:412204619X
  • ISBN-13:978-4122046191

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元禄御畳奉行の日記―尾張藩士の見た浮世 / 神坂 次郎
元禄御畳奉行の日記―尾張藩士の見た浮世
  • 著者:神坂 次郎
  • 出版社:中央公論社
  • 装丁:新書(208ページ)
  • 発売日:1984-09-20
  • ISBN-10:4121007409
  • ISBN-13:978-4121007407
内容紹介:
禄に生きた酒好き女好きのサラリーマン武士が無類の好奇心で書きのこした稀有の日記をもとに当時の世相を生きいきと再現する。(本新書「帯」より)朝日文左衛門、芝居を好み、詩文に傾倒し、… もっと読む
禄に生きた酒好き女好きのサラリーマン武士が無類の好奇心で書きのこした稀有の日記をもとに当時の世相を生きいきと再現する。(本新書「帯」より)
朝日文左衛門、芝居を好み、詩文に傾倒し、博奕と酒色に耽溺し、ヒステリックな二人の妻に悩まされ、武芸十八般にあこがれ片っ端から入門するがどれもモノにならず、気力体力ともになく終生ヒョボクレ。 尾張方言でいうその気の弱い”兵法暗れ”文左衛門が、暮夜ひそかに天神机を引き寄せ筆を走らせつづけて二十六年八ヶ月、三十七冊、およそ二百万字。 稀有としかいいようのないこの膨大な日記「鸚鵡籠中記」を通して、文左衛門の生涯を追いながら、元禄の名古屋城下に生きた下級武士や庶民男女の表情を、体臭を、哀歓を泛びあがらせたいとまとめたのが、本書である。(本新書「あとがき」より)
筆マメにまかせて、下級藩士の婚礼の食卓メニュー、公用出張で味わった京大阪の料亭の美味、名古屋城下街々のファーストフードに至るまで、元禄の食についても書き散らしているので、食書としても貴重で楽しめます。

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【このコラムが収録されている書籍】
四季芳書―読書人の日常 / 紀田 順一郎
四季芳書―読書人の日常
  • 著者:紀田 順一郎
  • 出版社:実業之日本社
  • 装丁:単行本(719ページ)
  • ISBN-10:4408101095
  • ISBN-13:978-4408101095
内容紹介:
「知」と「教養」が終焉に向かおうとするなかで、それでも書物を愛しつづけ、それでも知的生活を希求する読者人におくる、20世紀末の本の文化を語りつくす最新評論集。

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月刊Asahi(終刊) 1990年2月~1991年6月

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