読書日記

ジャレド・ダイアモンド&ジェイムズ・A・ロビンソン編著『歴史は実験できるのか』(慶應義塾大学出版会)、加藤裕治『トヨタの話し合い』(ダイヤモンド社)

  • 2019/04/02

歴史は実験できるのか、トヨタ式カイゼンの秘密

×月×日

ある雑誌で「思考の技術論」と題した連載をしているのだが、その暫定的結論というのが「正しく考えるとは比較することである」というもの。しかし、自然科学なら比較実験が可能だが、歴史学では自然実験しかないから比較史も不可能なのではなかろうか? これにブリリアントに答えたのがジャレド・ダイアモンド&ジェイムズ・A・ロビンソン編著『歴史は実験できるのか 自然実験が解き明かす人類史』(小坂恵理訳 慶應義塾大学出版会 二八〇〇円+税)で、八つの自然実験で比較史の方法論を練り上げようとする野心的な本である。

歴史の場合、初期条件か撹乱要因のどちらかを同じか似たものにしておかないと比較が成り立たない。そこで八つの試みは大別して①初期条件がほぼ同じで撹乱要因が異なるケース(あるいは撹乱要因が存在するか否か)の比較か②初期条件が異なっていて撹乱要因がほぼ同じケースの比較に分けられる。

いちばん興味深いのはダイアモンドが執筆した第四章。これはいちおう①に属する。カリブ海に浮かぶイスパニヨーラ島の西側(ハイチ)と東側(ドミニカ共和国)は面積がほぼ同じだから初期条件はほぼ同一である(ただし、ハイチは降水量が少なく山がちで地味が痩せている)。では異なる撹乱要因は何かというと、ハイチはフランスの、ドミニカ共和国はスペインの植民地支配を受けたこと。フランスは大量の奴隷を島の西側に運んだが、スペインは新世界で他に投資先があったので奴隷は運ばず、東側は少数の植民者だけになった。

ハイチは農業に不利な場所でありながら、人口密度がかなり高くなった。第二に、アフリカからハイチに奴隷を運んできたフランス船は、空っぽで祖国に戻らなかった。ハイチの森の木を伐採し、木材を持ち帰ったのである。(中略)そして第三に、アフリカから連れてこられた奴隷たちの母国語は様々だったが、彼らはコミュニケーション手段として独自のクレオール言語を発達させた。

一方、ドミニカ共和国では奴隷が少なかったのでクレオール語は発達せず、スペイン語が話された。ハイチではフランス革命勃発で奴隷の反乱が起こり、黒人共和国が樹立されたが、すぐにフランスに奪還された。しかし、結局、奴隷反乱を恐れたフランス人植民者の脱出が始まり、プランテーションは崩壊。ハイチクレオールも阻害要因となって以後はヨーロッパ諸国の投資がほとんど行われなかった。ドミニカ共和国は一八六五年に独立すると、国語がスペイン語で奴隷反乱の恐れがないこともあり、ヨーロッパからの投資と移民が増加し、輸出も増えた。

ハイチとドミニカ共和国の乖離を促した最後の要因は、二人の独裁者の違いだ。どちらも長いあいだ権力を握り(中略)、どちらも同じように邪悪だったが、外交政策と経済政策は大きく異なっていた。

ドミニカ共和国の独裁者トルヒーヨは私腹を肥やすために輸出産業とインフラを育て、海外から森林監察官や科学者を招いて森林を調査させて保護した。一方、ハイチの独裁者デュヴァリエは経済開発や輸出産業の育成などには興味がなく、森林破壊を野放しにした。こうした撹乱要因の差は以下のようになって現れている。

ハイチはアメリカ全域で最も貧しく、世界の極貧国のひとつに数えられる。森林の九九%が切り払われ、土壌侵食が深刻化している。水、電気、下水処理、教育など最も基本的なサービスさえ、政府はほとんどの国民に提供することができない。これとは対照的に、ドミニカ共和国は未だに途上国だが、一人当りの平均収入はハイチの六倍に達し、森林の二八%が保存され、自然保護に関する包括的なシステムが新世界のなかで最も充実している。

このほか、太平洋のマンガイア島、マルキーズ諸島、ハワイ諸島という異なる規模の島(初期条件)に古代ポリネシア人という単一の祖先(同一の撹乱要因が入植した結果、どのような政治・経済的な社会が生まれたのかを調べるパトリック・V・カーチの研究(第一章)、奴隷貿易の有無という撹乱要因がアフリカのそれぞれの地域(初期条件の類似)にいかなる影響を及ぼし、現在の所得にどう現れているかを見るネイサン・ナンの研究(第五章)、初期条件を英領インドに限定して植民地支配のためにイギリスが敷いた三種類の土地税制(異なった撹乱要因)がインドの各地域(初期条件の類似)の学力、電気、道路などに及ぼした影響を統計的に調査したバナジー&アイヤーの研究(第六章)などがおもしろい。また、歴史研究者が拳々服膺すべきは「あとがき――人類史における比較研究法」である。研究者が比較史にチャレンジするときに押さえておかなければならないクリテイカル・ポイントが指摘され、非常に有益である。

歴史は実験できるのか――自然実験が解き明かす人類史 / ジャレド・ダイアモンド,ジェイムズ・A・ロビンソン
歴史は実験できるのか――自然実験が解き明かす人類史
  • 著者:ジャレド・ダイアモンド,ジェイムズ・A・ロビンソン
  • 翻訳:小坂 恵理
  • 出版社:慶應義塾大学出版会
  • 装丁:単行本(320ページ)
  • 発売日:2018-06-06
  • ISBN:4766425197
内容紹介:
本書は歴史学、考古学、経済学、経済史、などの専門家が、それぞれのテーマでの比較史、自然実験で分析した論文を集めたものである。

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×月×日

「思考の技術論」の連載では思考の実践はむしろビジネスの世界で最も真剣に行われていると考え、ビジネス書を読み込んでいる。

元自動車総連会長・連合副会長でトヨタ労組の書記長だった加藤裕治『トヨタの話し合い 最強の現場をつくった聞き方・伝え方のルール』(ダイヤモンド社 一五〇〇円+税)は「カイゼン」の本質を知ろうとする人だけでなく、働くとは、話し合いとは、考えるとは、さらには民主主義とは何かを知りたい人にとっても非常に参考になる一冊である。

著者によるとトヨタ式カイゼン(トヨタウェイ)の象徴となっているのは生産ライン横の頭上を走っているラインを止める紐である。トヨタではだれもが遠慮なく堂々とこの紐を引く。

紐を引くということは、引いた当人が何らかのミスを犯したか、またはあってはならない異常を発見したからにほかならない。新人がはじめて紐を引いたとき、班長が鬼のような顔をして「おまえ、何をやらかしたんだ!」と大声で怒鳴り、叱責したらどうなるか。/おそらく彼は二度と紐を引っ張らないだろう。紐を引っ張らないということは、自分のミスまたは発見した異常を報告せずにやり過ごすことにほかならない。トヨタ生産方式では、この「やり過ごす」ことこそ大きな罪になり、「絶対にそれはやるな」と斑長からきつく言われるのである。

仮にラインを止めた原因がコンベヤーに部品が引っ掛かったためだとしよう。担当者はここで「なぜ引っ掛かったのか」と一回目の「なぜ?」を発し、原因はコンベヤー上の微妙な凸凹であることを見つけると、次には凸凹はなぜ生じたのかと二回目の「なぜ?」を発しなければならない。こうして、四回目の「なぜ?」で設計者が温度変化を想定していなかったことが突き止められるが、「起きた現象に対して最低五回は『なぜ?』を繰り返し、現象を引き起している真の原因を突き止めよ」というのがトヨタルールだから、問いは止まらず最終的には現場状況の把握不足という結論に至るのである。

トヨタの一人ひとりが「なぜ?」という掘り下げを常に行っていれば、問題の発生を未然に防ぐこともできるし、会社全体の効率アップ、生産性向上に大いに役立つことになる。/これこそがトヨタにおけるカイゼンの真骨頂である。

しかし、カイゼンが本当に機能するには一つの絶対的な条件が必要になる。それはカイゼンを提案した社員に会社が報酬というかたちで報いることで労使相互、上司と部下の間に信頼関係を構築していくこと。さらにいうなら、そうした信頼関係をつくるために徹底的に本音で話しあえる風土をつくること、つまり風通しのいい制度設計が不可欠なのだ。

メンバーがその仕組みの意図を十分に理解することによって、風土は組織全体に浸透していく。

隠蔽体質が重症化し、紐を引っ張る人がだれもいなくなったいまの日本に一番欠けているものがトヨタには確実にあるようだ。

トヨタの話し合い 最強の現場をつくった聞き方・伝え方のルール / 加藤 裕治
トヨタの話し合い 最強の現場をつくった聞き方・伝え方のルール
  • 著者:加藤 裕治
  • 出版社:ダイヤモンド社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(256ページ)
  • 発売日:2019-01-17
  • ISBN:4478106037
内容紹介:
トヨタの強さの秘密は「徹底した話し合い」にある。上下関係もなく本質を議論できる企業は どのように運営されているのか?

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

週刊文春

週刊文春 2019年3月7日号

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