読書日記
町屋 良平『1R1分34秒』(新潮社)、ヤマザキ マリ『ヴィオラ母さん』(文藝春秋)、イケムラレイコ『どこにも属さないわたし』(平凡社)ほか
◆『1R1分34秒』町屋良平・著(新潮社/税別1200円)
芥川賞受賞作をすぐ読むなんて久しぶり。ロートル読者の私に理解できるだろうか、と危惧したが大丈夫。町屋良平『1R1分34秒』は読ませるし、表現としても新しい。さすが、だ。
主人公は21歳のプロボクサー。デビュー戦を初回KOで飾りながら、その後敗けが込み、今度の試合に勝たねば引退か、というところまで追い込まれている。毎回、対戦相手をビデオなどで徹底研究し、「いつの間にやら親友」みたいになっている。
パチンコ店でバイトしながらの悶々(もんもん)の日々を、著者は細密描写する。つねにイライラし、自分にもボクシングにも懐疑的。「不摂生なボクサーで平気だった。丁寧に生きる価値を、果していまの自分と世界のあいだで、結べるか?」と、種馬ロッキーも真っ青だ。
しかし、変わり者の先輩ボクサーがトレーナーについて「ぼく」もボクシングも変化する。本作は、スポ根でなくボクシング小説が成立することを証明してみせた。
◆『ヴィオラ母さん』ヤマザキマリ・著(文藝春秋/税別1300円)
古代ローマ時代の浴場設計技師が現代日本にタイムスリップし、銭湯につかる奇想天外なマンガ『テルマエ・ロマエ』の作者が、ヤマザキマリ。イタリア生活が長いシングルマザーであり、マスコミでも引っ張りだこだ。
そんな著者の母・リョウコが、これまた破天荒な人物だった。『ヴィオラ母さん』で知る人生は、そのままドラマ化されそうな面白さ。若き日に家を飛び出し、単身北海道へ。結成されたばかりの札響の女性第一号メンバーとなり、指揮者と恋に。「ジェンダーの枠を越えて生きる凄まじき母」と評している。
長女マリを生み、夫はあっけなく死に、再婚そして離婚……ああ、とてもこの波瀾(はらん)万丈を追い切れない。長く海外へ演奏旅行し、届く絵ハガキには「世界を見てくるって素晴らしいことよ!」。
料理、教育、ファッションと母親の「規格外」ぶりが、マンガでも示される。この母にしてこの子ありの実例が、ここにある。
◆『どこにも属さないわたし』イケムラレイコ・著(平凡社/税別2200円)
絵画・彫刻・ドローイングと表現が多岐にわたるアーティスト・イケムラレイコの存在は、日本よりもむしろ海外で評価が高いかもしれない。『どこにも属さないわたし』は、ドイツ在住の著者の初めての自伝的回想録。作品図版も多数収録。団体行動が苦手だった少女は、世界へ出て、さまざまな人と出会うことで、自分と向き合う。好きだった本を閉じ、五感を使って体感する喜びも知った。「どこにも属さないということは自己をみつめること」と書く姿勢は、どこか寂しく力強い作品に結晶された。
◆『天才作家の妻』メグ・ウォリッツアー/著(ハーパーBOOKS/税別926円)
グレン・クローズ主演で映画化され、日本でも公開中の『天才作家の妻』の原作を浅倉卓弥が翻訳。著者はアメリカの作家メグ・ウォリッツアー。夫ジョゼフは世界的に知られる作家。世界は自分のものだと考えるタイプで女好き。ジョゼフと、そんな夫に長年連れ添い、支え続けた妻ジョーンとは理想的なカップルに見えた。しかし、老いた夫婦には、互いに隠している秘密があった。絶望的崩壊へ向かう心理戦が、妻の目を通して精妙に描かれる。老いた夫はみな、心せよ。
◆『情熱でたどるスペイン史』池上俊一・著(岩波ジュニア新書/税別960円)
『情熱でたどるスペイン史』は、西洋、中世ルネサンス史研究者の池上俊一による、ヨーロッパ史を〈たどる〉シリーズの一冊。かなり突っ込んだ専門性のある本だが、「です」「ます」調でわかりやすい。フラメンコ、闘牛、名門サッカーチームを「オレー!」と興奮し応援する国。たしかに情熱的だ。著者は、その歴史的生成から、中世のイスラムとキリスト教の相克と交流、太陽の沈まぬ国と呼ばれた黄金期、内戦を経て現代までを、時代ごとに「情熱」をキーワードにていねいに教授する。
芥川賞受賞作をすぐ読むなんて久しぶり。ロートル読者の私に理解できるだろうか、と危惧したが大丈夫。町屋良平『1R1分34秒』は読ませるし、表現としても新しい。さすが、だ。
主人公は21歳のプロボクサー。デビュー戦を初回KOで飾りながら、その後敗けが込み、今度の試合に勝たねば引退か、というところまで追い込まれている。毎回、対戦相手をビデオなどで徹底研究し、「いつの間にやら親友」みたいになっている。
パチンコ店でバイトしながらの悶々(もんもん)の日々を、著者は細密描写する。つねにイライラし、自分にもボクシングにも懐疑的。「不摂生なボクサーで平気だった。丁寧に生きる価値を、果していまの自分と世界のあいだで、結べるか?」と、種馬ロッキーも真っ青だ。
しかし、変わり者の先輩ボクサーがトレーナーについて「ぼく」もボクシングも変化する。本作は、スポ根でなくボクシング小説が成立することを証明してみせた。
◆『ヴィオラ母さん』ヤマザキマリ・著(文藝春秋/税別1300円)
古代ローマ時代の浴場設計技師が現代日本にタイムスリップし、銭湯につかる奇想天外なマンガ『テルマエ・ロマエ』の作者が、ヤマザキマリ。イタリア生活が長いシングルマザーであり、マスコミでも引っ張りだこだ。
そんな著者の母・リョウコが、これまた破天荒な人物だった。『ヴィオラ母さん』で知る人生は、そのままドラマ化されそうな面白さ。若き日に家を飛び出し、単身北海道へ。結成されたばかりの札響の女性第一号メンバーとなり、指揮者と恋に。「ジェンダーの枠を越えて生きる凄まじき母」と評している。
長女マリを生み、夫はあっけなく死に、再婚そして離婚……ああ、とてもこの波瀾(はらん)万丈を追い切れない。長く海外へ演奏旅行し、届く絵ハガキには「世界を見てくるって素晴らしいことよ!」。
料理、教育、ファッションと母親の「規格外」ぶりが、マンガでも示される。この母にしてこの子ありの実例が、ここにある。
◆『どこにも属さないわたし』イケムラレイコ・著(平凡社/税別2200円)
絵画・彫刻・ドローイングと表現が多岐にわたるアーティスト・イケムラレイコの存在は、日本よりもむしろ海外で評価が高いかもしれない。『どこにも属さないわたし』は、ドイツ在住の著者の初めての自伝的回想録。作品図版も多数収録。団体行動が苦手だった少女は、世界へ出て、さまざまな人と出会うことで、自分と向き合う。好きだった本を閉じ、五感を使って体感する喜びも知った。「どこにも属さないということは自己をみつめること」と書く姿勢は、どこか寂しく力強い作品に結晶された。
◆『天才作家の妻』メグ・ウォリッツアー/著(ハーパーBOOKS/税別926円)
グレン・クローズ主演で映画化され、日本でも公開中の『天才作家の妻』の原作を浅倉卓弥が翻訳。著者はアメリカの作家メグ・ウォリッツアー。夫ジョゼフは世界的に知られる作家。世界は自分のものだと考えるタイプで女好き。ジョゼフと、そんな夫に長年連れ添い、支え続けた妻ジョーンとは理想的なカップルに見えた。しかし、老いた夫婦には、互いに隠している秘密があった。絶望的崩壊へ向かう心理戦が、妻の目を通して精妙に描かれる。老いた夫はみな、心せよ。
◆『情熱でたどるスペイン史』池上俊一・著(岩波ジュニア新書/税別960円)
『情熱でたどるスペイン史』は、西洋、中世ルネサンス史研究者の池上俊一による、ヨーロッパ史を〈たどる〉シリーズの一冊。かなり突っ込んだ専門性のある本だが、「です」「ます」調でわかりやすい。フラメンコ、闘牛、名門サッカーチームを「オレー!」と興奮し応援する国。たしかに情熱的だ。著者は、その歴史的生成から、中世のイスラムとキリスト教の相克と交流、太陽の沈まぬ国と呼ばれた黄金期、内戦を経て現代までを、時代ごとに「情熱」をキーワードにていねいに教授する。
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