読書日記

小島 庸平『サラ金の歴史 消費者金融と日本社会』(中央公論新社)、中川 右介『プロ野球「経営」全史』(日本実業出版社)

  • 2021/10/24

サラ金とプロ野球経営

×月×日

一九九六年の晩秋、山形で講演を終え、プラットホームから駅前広場を眺めていた私は、一階から四階までサラリーマン金融の看板で埋まった雑居ビルに目を止め、思わず叫んだ。「なんだ、このビルの全部のサラ金から金を借りている!」。

ことほどさようにもの書き業界でサラ金に最もお世話になった一人なので、小島庸平『サラ金の歴史 消費者金融と日本社会』(中公新書 九八〇円+税)は格別の興味で読み進めることができたが、まず驚いたのはサラ金の起源である。「サラ金の源流は、顔見知りの間で行われる個人間金融にあった」。サラ金は質屋や高利貸から派生したのではなく会社の個人貸借から生まれてきたというのだが、にわかに思い出したのはバルザック『役人の生理学』の次の一節。「しばしば、この役人(高利貸)のところへほかの役人がやってきて、中庭にいっしょに降りていく。そこでは、もっぱら聞く側に回り、自分はほとんどしゃべらない。やがて相手が紙切れのようなものを差しだすと、それを冷たい無感動の目で見つめ、しばらくするとなにくわぬ顔で席に戻ってきて、また仕事を続ける」(拙訳)。

原則、担保を取らないサラ金が可能になったのは、じつは質草の代わりに社(省)内人脈という逃れられない人間関係を与信の源泉としたからなのである。一九五一年に神戸製鋼に入社した森田国七もそうした一人で、上司の許可を得て社内金融を始めて、退社後に金融業「森田商事」を起こし、団地金融を始める。同じ時期、貿易会社社員の田辺信夫は倹約貯蓄した金で社内金融を始め、一九六〇年から団地の主婦を対象とした団地金融を開始する。だが、なぜ退社して会社という与信ネットワークを失った二人が最初に手をつけたのが団地金融だったのか? まず需要サイドの事情。「質屋へ通うことを恥とし、周囲と同等の消費水準を追求する『団地マダム』の購買行動は、家計に無理を生じやすかった。そこにこそ、団地金融への資金需要が生まれる素地があった」。主婦が家計の財布を握るという日本的慣習も幸いした。しかし、団地金融成功の原因はむしろ供給サイドにあった。「団地金融業者は、日本住宅公団による厳しい入居審査によって、貸付審査を代替できた。団地に入居しているという事実を根拠に顧客を信用し、信用情報を収集するコストを大幅に節約したのである」。これは与信技術の革新であった。以後サラ金業者はいかにして他人のフンドシを借りて与信するかに腐心するようになる。

団地金融が競争相手の増加や、迅速さ競争のコスト高で行き詰まると、代わってサラリーマンを対象とするサラ金が登場する。元祖はいまも大手として君臨するアコム(旧マルイト)、プロミス、レイクのそれぞれの創始者・木下政雄、神内良一、浜田武雄だった。古参のアコムは質草なしの信用貸しの方法をサラリーマンに適用するに際して原則を三つ立てた。①健康保険証、給与支払い明細の提示、②融資限度額は二万円、③延滞時の請求は裁判所へ支払命令申請書を提出、である。アコムは①に加えて連帯保証人一名を要求したが、神内のプロミスは連帯保証人は取らず、融資対象者を上場企業の社員か公務員に限定した。「役所なり企業の入社試験が即ち当社の貸付調査である」。また三者とも「現金の出前」は廃し、都市中心部に出店して配達コストを省略したのが成功のもととなる。もう一つの成功要因は意外にもサラリーマンのギャンブルやゴルフ・旅行、飲食などに対して融資したことである。理由は当時の会社の人事評価の基準にあった。「情意考課の下で出世を望むのであれば、職場の飲み会や接待・ゴルフなどに積極的に参加したり、気前よく部下におごったりするなど、つきあいのよい人格円満な人物として周囲にアピールせねばならない。(中略)情意考課の対象となったサラリーマンが持つ独特な資金需要を、サラ金は『前向き』と評価し、真正面から融資に応じていたのである」。日本的風土といえばもう一つ、著者が指摘していない重要なファクターがある。ボーナスという制度である。このおかげでサラリーマンは累積借金を一度に返済できたのだ。ヘビー・ユーザーだったこの私が体験したことだから確かである。急成長したサラ金にもネックがあった。業績急拡大で貸付資金調達が困難になったことと競争激化だった。サラ金はこの困難を乗り切るが、過剰貸し付けが世間の糾弾を浴び、法改正で頓挫する。新書大賞の有力候補である。

サラ金の歴史-消費者金融と日本社会 / 小島 庸平
サラ金の歴史-消費者金融と日本社会
  • 著者:小島 庸平
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:新書(344ページ)
  • 発売日:2021-02-20
  • ISBN-10:4121026349
  • ISBN-13:978-4121026347
内容紹介:
サラ金・消費者金融を通して、日本経済史の知られざる一面を照らす試み。

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私が育った家には本と呼べるような本は一冊もなかったので、叔父が購読していた「週刊ベースボール」に連載されていた、『近代文学』同人にして異色の野球評論家・大井廣介のプロ野球裏面史を小学校の頃から愛読していた。日本のプロ野球というのは親会社あってのプロスポーツなので、オーナー企業の歴史があってしかるべきなのになぜかこのジャンルの通史がなかった。ゆえに中川右介『プロ野球「経営」全史 球団オーナー55社の興亡』(日本実業出版社 一八〇〇円+税)は旱天の慈雨である。

通読して、日本プロ野球経営史の重要人物は阪急の小林一三、読売新聞の正力松太郎、大映の永田雅一の三人であることが見てとれた。阪急沿線開発の一環として鉄道会社リーグを構想していた小林は、日本初のプロ球団日本運動協会を設立しながら関東大震災で挫折した河野安通志に資金提供して宝塚運動協会として再建させたが世界恐慌で蹉跌する。これで河野は早稲田に戻り、野球部の総務となった。「当時の監督は市岡忠男(一八九一~一九六四)で、(河野は)その上の、いわば総監督的な立場となった。当然、市岡としては面白くない。(中略)有力選手の入団をめぐっても二人は対立し、一九三〇年秋、市岡は野球部監督を辞めて読売新聞社に入った。こうして市岡が読売新聞社に入ったことで、巨人軍が生まれるのだ」。この河野と市岡の対立がプロ野球経営史の意外な伏線となる。戦後、河野が大和軍から創った「東京カッブス」が日本野球連盟会長の鈴木龍二に加盟申請を行ったとき、それは顕在化する。「鈴木はまず巨人軍の了解をとらなければと考え、巨人軍代表・市岡忠男に相談した。ところが市岡は河野を憎んでいたので反対した」。鈴木は加盟申請を理事会に諮ることなく握り潰した。

第二の重要人物は正力である。正力は摂政宮襲撃事件の責任を取って警視庁を辞職し、後藤新平の資金提供で読売新聞を買い取り、読売を大衆紙として大躍進させたが、部数拡大戦略としてMLB選抜の招聘を考え、これに成功すると、部下の市岡の進言を入れてプロ球団リーグの結成に踏み切るが、巨人軍の母体となった大日本東京野球倶楽部には読売新聞としてでなく個人株主として参加する。筆頭株主は京成電鉄だった。「京成電鉄はこの会社の経営には関わらなかった。読売新聞は全面的にバックアップはしたが、やはり経営には関わらない。巨人軍は親会社のない球団として歴史を始めたのである」。この親会社が読売ではなく、正力が大株主という構図が戦後の二リーグ分裂時に大きく影響する。戦犯として公職追放された正力は読売新聞とは縁が切れ、大株主だった巨人軍の経営とも関係が薄れたこともあり、「敵の敵は味方」の論理で毎日新聞に参加を呼びかけて二リーグ構想を打ち出したからである。この毎日参加の裏工作を正力から頼まれたのが大映の永田雅一で、この永田こそがプロ野球経営史の第三の重要人物となるのだが、これについては本書に当たっていただきたい。群小・零細球団のオーナーの経歴やゴシップ、永田の裏で暗躍する岸信介らの満州人脈、それに水野成夫や南喜一など転向左翼人脈など、興味つきない読み物となっている。

プロ野球「経営」全史 球団オーナー55社の興亡 / 中川 右介
プロ野球「経営」全史 球団オーナー55社の興亡
  • 著者:中川 右介
  • 出版社:日本実業出版社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(448ページ)
  • 発売日:2021-09-29
  • ISBN-10:4534058756
  • ISBN-13:978-4534058751
内容紹介:
球団経営を担ってきた企業と経営者の興亡を描く、選手の出てこないプロ野球史85年。

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【関連オンラインイベント】2021/10/28 (木) 20:30 - 22:00 小島 庸平 × 鹿島 茂、小島 庸平『サラ金の歴史-消費者金融と日本社会』(中央公論新社)を読む

書評アーカイブサイト・ALL REVIEWSのファンクラブ「ALL REVIEWS 友の会」の特典対談番組「月刊ALL REVIEWS」、第34回はゲストに東京大学大学院経済学研究科准教授の小島 庸平さんをお迎えし、小島さんの新刊『サラ金の歴史-消費者金融と日本社会』(中央公論新社)を読み解きます。
https://peatix.com/event/3053138/view

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