対談・鼎談

『明治の東京計画』藤森照信(岩波書店)|丸谷才一+木村尚三郎+山崎正和の読書鼎談

  • 2017/08/24

明治の東京計画  / 藤森 照信
明治の東京計画
  • 著者:藤森 照信
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:文庫(389ページ)
  • 発売日:2004-11-16
  • ISBN-10:4006001339
  • ISBN-13:978-4006001339

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山崎 いま無茶苦茶という言葉が出たんですが、二百五十年の歴史をもつ大江戸を近代国家の首都として設計しようとすると、まずは無茶苦茶をする人間がいろいろ必要だったということが、この本には詳しく描かれています。

いまから考えると想像もできないことですが、明治政府ができた当初の東京は衰微の極にありまして、当時の東京府知事・大木喬任(たかとう)などは、東京はもうだめだから桑畑にしてしまおうとさえ考えた。そういう時期があった。

そこからいろいろな人たちが、さまざまな発想で東京をどうしようかと考える。そのいくつかは実現したし、いくつかは見果てぬ夢になったのですが、著者はそれを分類してわかりやすく紹介しています。

まず著者の頭の中には、江戸と西洋の都市との比較文明論がありまして、西洋の都市は城壁で囲まれた、いわば卵型の都市。それに対して江戸は、内外を分つ城壁はむろんなくて、ただ朱引といって、地図の上に市域を示す赤線が引かれているにすぎなかった。そのかわり、内部は二重にも三重にも防衛措置がしてある。何か起れば、町々にはすぐ木戸が打てるようになっていた。

周囲に町人を住まわせ、まん中に行くにつれ武士が住むようになっている、いわばキャベツ型の都市だったというわけです。このキャベツ型の都市に、西洋的、卵型の都市のための都市計画を持ち込んだというところに、根本的な困難があったというのが藤森さんの認識です。

木村 そこが、やはりこの本のハイライトですね。都市はヨーロッパでもアジアでも近代以前は、一様に閉ざしているけれども、その閉ざし方が違う。その違いをはっきりさせてくれた。卵とキャベツなんてのは、実によく分る。(笑)

山崎 因みに、江戸は大変火事の多い町で、特別な事件ではなく、はじめから火事になるものだと考えて、みんなが暮していた。大きなお店になると、木場に店を再建する木材が預けてあって、火事の翌日からもう建築が始まる。それを頼りに職人はもちろん、女子供まで余禄に与(あずか)る仕組みになっていた。

明治の東京というのは、いかにして火事を防ぐかという、きわめて具体的な発想から始まったわけです。 明治五年の大火をきっかけに、西洋風の煉瓦造の商店街を新しくつくろうというので銀座ができる。また十四年に防火令が出されて、既存の家屋をできるだけ耐火構造になおそうとする。耐火家屋の中でも多かったのは、石造や煉瓦造ではなく蔵造ですね。新東京は蔵造の家が軒並みにと広がる。

そういう部分的改革に対して、東京を全体として計画的に考えようという流れがでてきます。「市区改正計画」と呼ばれるもので、東京を機能的に再整理しようとする。さらにそういう計画のいわば集大成として、一方には、東京を巨大な商都にしようという考えと、それに対して西洋風な首都、すなわち帝都にしようという考えが並んで進行します。

商都にというのは、渋沢栄一が中心になり、のちに星亨が絡んでくるのですが、世界的貿易のセンターとしての港を作ろうとする。新東京の中心には商工会議所があるべきだとさえ渋沢は考えます。

他方、府知事の芳川顕正らは、東京には、西洋、ことにパリにあるような放射線状道路が必要だと主張します。水運に頼っていた江戸を、道路による交通網で外に開こうと考えたわけですね。

そこに、欧化思想と土木工事の大好きな井上馨や三島通庸が入り込んできて、帝都の中心に、壮麗な官庁街をつくろうとする。ドイツから技師をよんで設計させ、一部は着手するんですが、やがて財政難などから挫折してしまうんです。

現在の東京は、生き生きしているとも、雑然としているともいわれるのですが、その背後に、こういう様々な人間のアイデアと、人間どうしの因縁の錯綜があったということを、具体的なデータによって描いた本です。

丸谷 非常に面白い本でしたね。大体、本の愉しさというのは、一番素朴なところでいえば、知らないことを知るってことでしょう。しかし但し書がつくんで、かねがね知りたくて知らなかったこと、それを知るのでないと面白くない。

たとえば、少年少女が恋愛小説を読む。あれは、男は女にこうして言いよるものか、女はこういうふうに言いよられると、こんなぐあいに「うん」というものか、とわかるからおもしろいのですね。かねがね知りたくていて知らなかったことが書いてあるからこそ、モーパッサンの『ベラミ』とか谷崎の『痴人の愛』とかに夢中になる。

ベラミ  / モーパッサン
ベラミ
  • 著者:モーパッサン
  • 翻訳:中村 佳子
  • 出版社:角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 装丁:文庫(493ページ)
  • 発売日:2013-02-23
  • ISBN-10:4041007534
  • ISBN-13:978-4041007532
内容紹介:
19世紀末のパリ。兵役が明け、アルジェリアから帰還したジョルジュ・デュロワは、鉄道会社に職を得るも、安月給で日々の生活に窮していた。そんなある日、街で偶然再会した戦友フォレスチエの… もっと読む
19世紀末のパリ。兵役が明け、アルジェリアから帰還したジョルジュ・デュロワは、鉄道会社に職を得るも、安月給で日々の生活に窮していた。そんなある日、街で偶然再会した戦友フォレスチエの紹介で、彼は新聞記者への足掛かりを掴む。生来の美貌を武器に、上流社会の夫人たちを次々に虜にしていくデュロワ。彼を愛する女たちを利用して巧みに富と名声を獲得しながら、デュロワは権力の頂点を目指し策略を巡らせる-。

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痴人の愛  / 谷崎 潤一郎
痴人の愛
  • 著者:谷崎 潤一郎
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(449ページ)
  • 発売日:1947-11-12
  • ISBN-10:410100501X
  • ISBN-13:978-4101005010
内容紹介:
生真面目なサラリーマンの河合譲治は、カフェで見初めた美少女ナオミを自分好みの女性に育て上げ妻にする。成熟するにつれて妖艶さを増すナオミの回りにはいつしか男友達が群がり、やがて譲治も魅惑的なナオミの肉体に翻弄され、身を滅ぼしていく。大正末期の性的に解放された風潮を背景に描く傑作。

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それと同じで、われわれ日本人は、いま都市という問題に逢着しているわけです。ですからいろいろな都市論が書かれている。ところが大抵、文学関係の人が書いた都市論であって、それはもちろん貴重なものが多いけれど、にもかかわらず基本的なデータが足りないんです。東京はどうしてこんなふうに外国の都市とは調子の違う町になったんだろう、とぼくも前から疑問に思っていました。この本で、ずいぶん渇をいやされたという感じがします。

というふうに、褒めたいことは色々あるんですが、敢えて文句をいうほうに回ります。(笑)

木村 さあ、どうぞ。(笑)

丸谷 いったいこの本の著者は文体やレトリックに熱心な人だと思うんです。だからこそ卵型とキャベツ型などという卓抜な比喩が出てきて、われわれは一瞬のうちに西洋の町と東洋の町の違いが分っちゃった。この本の勘所は要するに卵とキャベツですよね。そういう意味で、これはつまりオムレツ的な本だ。(笑)

そのくらい、言葉の感覚が鋭い人なんですが、時として悪く文学的になってる感じがある。一つだけあげます。

廟堂を去った井上馨は、疑獄騒ぎにまみれたあと、出国してロンドンに閑日を費やし、一方、井上を追いおとした諸参議も、江藤は佐賀の乱に斃れ、板垣は土佐にひそみ、そして西郷は田原坂の雨にうたれていた

こういう文学趣味は困る。(笑)

山崎 それは文学趣味じゃないですよ。張り扇。(笑)

木村 本のうしろに、いろんな計画案が図で示してあるんですが、これも見所の一つだと思います。東京という白地図の上に、自由自在に自分の好きな夢を描いているような、そんな楽しさが伝わってくるんです。いまでは到底無理な夢ですけれど。

山崎 この本も『星亨』も、また次の『科学者たちの自由な楽園』も、いずれも、まだそれぞれの仕組みや仕掛けが完成していない世界の話なのですが、これを読むと、現在、これしかないと考えられている現実も、本当は誰かが一所懸命考えたり、あるいは偶然の結果できあがったものだとわかります。いろんなことがまだどうにでもできる時代があったと思うと、羨しいような、ほろ苦いような思いがしますね。

星亨   / 有泉 貞夫
星亨
  • 著者:有泉 貞夫
  • 出版社:朝日新聞社
  • 装丁:-(343ページ)

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科学者たちの自由な楽園―栄光の理化学研究所 / 宮田 親平
科学者たちの自由な楽園―栄光の理化学研究所
  • 著者:宮田 親平
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(318ページ)
  • ISBN-10:4163381201
  • ISBN-13:978-4163381206

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木村 「市区改正計画」を読むと、本当にいろんな人がいろんなことをいってますね。東京をパリのようにしようとか。歌舞伎の小屋をオペラ座のように、山王神社はサンジャック寺のようにしたいとかって。(笑)しかし、いろんな説が出たけれど、都市美の演出、東京をいかに美しくっくるかという発想は後退していったという筆者の指摘は、現在の東京に通ずる大事な点だと思います。

丸谷 江戸といまの東京との重大な違いの一つは、川や運河が埋めたてられて、水の景色がなくなったことだ、と永井荷風が、大正三年の「日和下駄」で嘆いているんです。それを戦後の自民党都政がもっとひどくしたんですが、この本では、その水の問題にごく簡単にしかふれていない。ちょっと残念ですね。

木村 芳川顕正の計画案では、上野と新橋の鉄道を繋げようとしているでしょう。実はこれは画期的なことなんです。ヨーロッパの都市では、鉄道は周辺をかすめるだけ。たとえばパリのリヨン駅はリヨンからきた汽車がパリ市内にちょっと入ったところで止まってしまう。ドイツからくる汽車はノール駅まで。あそこでドイツ行きに乗るからノール駅。(笑)市内へは土足で入れないわけです。市内は地下鉄やバス、つまりパリ市が管轄する別の機関に乗り換えなくてはいけない。まさに卵型の、自己防衛精神の表れですね。地方からそのままパリ市内へ入れるようになったのは、やっとここ数年、パリの東西にA(一~四)線、南北にB(一~四)線のR・E・R(郊外高速鉄道)が貫通して、近郊の国鉄と結びついてからのことです。東京が明治いらい、芳川顕正らの努力によってヨーロッパ以上に開かれた都市となり、そのお蔭で大発展が約束されたということはもっと強調してもよかったと思う。

山崎 それにしても無茶苦茶な精神ですよね。築地の大隈重信邸に井上馨や渋沢栄一とかがとぐろを巻いている。この連中の平均年齢は、たぶん三十歳前半でしょうか、そこへある日、大火が起って焼け野原になる。「しめたッ、火事だ」というので、連中はよってたかって、煉瓦敷きの道路と煉瓦造で回廊のあるジョージ王朝風の街並を九千五百メートルにわたって、本当につくってしまう。そこヘガス灯をたてる。さらに、西洋には並木なるものがあるそうな、と。でもどこへ植えていいか分らないから車道に並木を植える、ガス灯はちゃんと歩道にたっているのに。(笑)そして植えた木が、なんと桜に楓、松だったというのが、いい話だなと思うんです。伝統そのもの、花札の感覚です。(笑)

こうやって明治十年に完成した銀座なんですが、片っぱしから空屋。それまで、上がり框(かまち)に長暖簾(のれん)の店で商売してきたんだから、煉瓦の壁と窓では話にならない。ところがすぐに、得体の知れない英語の看板が掲げられ、広告というものが始まるようになって、あっというまに、銀座はそれまでの日本橋を圧倒していく。われわれの祖父は、実に軽佻浮薄に、偉大な無茶苦茶をやったんですね。

木村 それだけ若かったんですね。若さというのは、大体、軽薄なことです。(笑)ぼくが興味深かったのは、なぜ公園なるものをつくるかという理由を、内務省の衛生局長が語っていて――

元来日本人の遊びは卑屈極りて、演劇を見るとか或は碁を囲むとか茶の湯とか謡とか、甚しきは「芸妓の尻でもつねる」如き総て座敷内の遊興にして、真に不健康の至りなり。斯の如き文明社会に不健康なる遊びをなすは畢寛(ひっきょう)真の公園地なきが為なるべし

それで日比谷公園をつくったというんです。街並は西洋風だけど、日本的意味づけがちゃんとしてある。(笑)

丸谷 この本の東京論がしっかりしているのは、江戸論ががっちりしているからですね。江戸についての考察が明確で丁寧で、わかりやすい。たとえば――

江戸という都市の面白さは、何よりも住むという人間の営みを施政の大本に据えていた。(中略)住むべき土地を持つか否かが市民権の有無の分れ目となっていた

いまの区役所に相当する町年寄役所は町年寄の自宅に置かれていた。奉行所も裏半分は奉行の屋敷だった。一番顕著なのは江戸城で、半分が将軍の私邸、半分が中央政庁……というふうに江戸は住まい中心の町だった、というわけです。江戸という町の性格をきちんと見極める眼力は大したものですね。

という具合に、大変いい本だけれど、しかし惜しいことに学術書・専門書である。そのことの長所としてはデータが整備されている、論理の運びがきれいである……いろいろあるけれど、短所としては、やっぱり読んでてまどろっこしかった。

山崎 そうですね、引用が多すぎます。

丸谷
私がもし岩波書店の編集者なら、この著者に一般むけ教養書を書いてもらって、岩波新書にいれる。新書の題は、矢田挿雲の著書から拝借して『江戸から東京へ』。(笑)

【この対談・鼎談が収録されている書籍】
三人で本を読む―鼎談書評 / 丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
三人で本を読む―鼎談書評
  • 著者:丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(378ページ)
  • ISBN-10:4163395504
  • ISBN-13:978-4163395500

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