選評

『建築探偵、本を伐る』(晶文社)

  • 2017/07/09
建築探偵、本を伐る / 藤森 照信
建築探偵、本を伐る
  • 著者:藤森 照信
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(313ページ)
  • 発売日:2001-02-10
  • ISBN-10:4794964765
  • ISBN-13:978-4794964762
内容紹介:
本の山に分け入る。自然科学の眼は、ドウス昌代、かわぐちかいじ、杉浦康平、末井昭、秋野不矩…をどう見つめるのだろうか。東大教授にして路上観察家が描く読書をめぐる冒険譚。

第1回(平成14年)「毎日書評賞」選評

原著者との絶妙な問合い

あらゆる批評のなかで、書評はその原点を示すような仕事だといえるだろう。一冊の本を批評することは、とりあえずその著者と関心を同じくし、著者の世界の内側から思考を始めるということだからである。書評の内容は、したがって原著者が関心を持つ素材と、原著者のものの見かたと、それに批評者自身の見識という三つの層からなりたつことになる。

社会時評や文明批評なら、そこには批評者と批評される対象の二層しかない。芸術批評の場合でも、素材は芸術家のものの見かたの投影にすぎないから、批評者が芸術家以前に存在する素材に関心を抱く必要は少ない。美術批評家はドガを語るのに、踊り子そのものに胸を躍らせる必然性はない。ここでも批評空間のなかで向かいあうのは、批評家と批評される芸術家の二層しか存在しない。批評家は芸術家をまえに置いて、観察し比較しながら自分自身を語ることを急ぎがちになる。

だが一冊の本を読むということは、まずはその著者と向かいあうことではない。むしろ、かりにしばらく著者と肩を並べて座り、同じ対象を同じ目つきでともに眺めることである。つかの間、この世にはその本しか存在しないというふりをして、本の支配する世界に身を浸すことである。そしてそうしながらやがてちらりと著者の横顔に目を向け、やおら自分と著者の間合いを計るのが書評であって、その絶妙の横目つかいが書評家の芸というものなのである。

それがどんな芸であるかを知りたければ、藤森照信氏の『建築探偵、本を伐る』(晶文社)をひもといて、たとえば山口昌伴著『和風探索――にっぽん道具考』の書評を読むとよい。昔の日本の家庭にはどこにもあって、今はめったに見られない、あの踏み台というものは何であったか。だれが造り、なぜあの台形をしていて、どうして消えて行ったか。この素朴な疑問に藤森氏は胸を躍らせ、著者の思いがけない解答に驚いてみせる。そのうえで大工仕事に詳しい著者の着眼点を褒め、それを褒めることで間接的に、建築家藤森氏自身の見識を示すのである。

いいかえれば、書評家は「方法的」に謙虚でなければならない。世には自分の知らない事実、知らないものの見かたがあって、それも本の数だけあることを喜ぶ人でなければならない。つまり書評家は多読、乱読家でなければならないのだが、藤森氏の注目する本の範囲は広い。建築や都市論に関わる本が多いのは当然として、それもとくに意外な視点を盛った本が渉猟(しょうりょう)されている。氏は『鏝絵(こてえ)――消えゆく左官職人の技』を読んで、日本のキッチュの長い伝統を喜び、『植治の庭――小川治兵衛の世界』を紹介して、近代の植木屋に国木田独歩がいたことを発見するのである。

『カリブ海の海賊たち』『沈黙の艦隊』などを読む氏は子供のように無邪気だし、『身体の零度』『現代思想としての西田幾多郎』を開く氏は、一転して重厚である。読書とは一種の演技であって、著者その人の気分と一体化して、本の世界に遊ぶことであるのを如実に感じさせてくれる。誰しも幼い日に無心に本を読んだとき、その楽しみがどんなものだったかを、思い出させてくれるのである。

それにしてもこの賞の審査を機会に、現代に書評集の出版が盛んであり、秀作が多いことを知って驚いた。藤森氏の著書は内容の三層のバランスの良さで、僅(わず)かに他の候補作を抜いていたばかりであった。読書離れが嘆かれるなかで、この隆盛は一縷(いちる)の、しかし確かな希望の糸だというべきだろう。

【この選評が収録されている書籍】
「厭書家」の本棚 / 山崎正和
「厭書家」の本棚
  • 著者:山崎正和
  • 出版社:潮出版社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(288ページ)
  • 発売日:2015-04-05
  • ISBN-10:4267020124
  • ISBN-13:978-4267020124
内容紹介:
「知の巨人」20年の集大成、圧巻の書評集。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

建築探偵、本を伐る / 藤森 照信
建築探偵、本を伐る
  • 著者:藤森 照信
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(313ページ)
  • 発売日:2001-02-10
  • ISBN-10:4794964765
  • ISBN-13:978-4794964762
内容紹介:
本の山に分け入る。自然科学の眼は、ドウス昌代、かわぐちかいじ、杉浦康平、末井昭、秋野不矩…をどう見つめるのだろうか。東大教授にして路上観察家が描く読書をめぐる冒険譚。

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