書評
『和風探索―にっぽん道具考』(筑摩書房)
「踏み台」ひとつにも謎がいっぱい
座蒲団、火鉢、炬燵(こたつ)、踏み台、卓袱台(ちゃぶだい)、鏡台、針箱、蚊帳(かや)、簾(すだれ)、縁台、柳行李(やなぎごうり)、箒(ほうき)。このうちいくつが自分の家にあるでしょうか、読者の皆さんも数えてみてください。わが家には座蒲団と針箱の二つしかなかった。鳴呼……。
この本『和風探索』(筑摩書房)は、ある歳以上の人は甘ずっぱい思い出とともに記憶し、あるいは今も使っているが、ある歳以下の人は写真を見ても小首をかしげるような日本の暮らしの小道具について書いた本である。
左の写真(事務局注:Google「踏み台 昭和」の検索結果)を見て、これが何か分かりますか?
何年か前、地方の民家を見学に行った時、学生が、”穴があるからクズ箱だろう”、”昔の椅子だと思う”と論議しているのを見て大笑いしたが、それは〈踏み台〉だった。
しかし何のためのものか、と聞かれて困った。高いところの物を取るため、と答えればいいのだが、“それならなぜ今はないのか”と問い詰められるのが分かっているから困った。たしかに学生ならずとも、ただ高いところの物をとるためだけの室内用の道具が立派に存在していた生活様式というのは、今となっては実感しづらいところがある。田舎で育った僕だって使った記憶は一度か二度なのだから。
写真を見て踏み台を一度や二度使ったことがあるからといって子供の前でいばってはいけない。いばるなら子供の次の質問に答えてからにしてほしい。”踏み台はどうして四方ころび(台形) になっているんですか?”
僕はそんなこと気にもとめなかったが、たしかに踏み台はいかにもという感じで台形になって、首がギュッとくくれている。人が乗るためだけの台なら、踏み台にとってかわった今日の椅子同様にズン胴でも十分のはず。
この問いにもう一つ”踏み台を売っているのを見た記憶がありますか?”という質問を加えれば、踏み台はにわかに謎めいた物品になってくる。
昔から、踏み台というのは〈四方ころび〉と〈店では売らない〉のが基本だった、と著者の山口昌伴さんはとんでもないことを言う。エッ、マサカ、と思うが、次の説明を聞くと、そういうことだったのか。
踏み台は、実は新築家屋への大工の置き土産だった。年季奉公の徒弟が子守り雑用から修業を重ね、はじめて野丁場(のちょうば:建築現場)に出た、その腕だめしに踏み台を作らされた。四方ころびの各部の寸法は、三角定規だけでは測り出せない。ところが大工が必ず持っているL字の差し金(がね)の裏目表目(うらめおもてめ)を使い分けると、簡単に実寸法で割り出せる。だからもっとも基本的な差し金使いを要求される四方ころびが、初めて一人前扱いにされた工事場での、いわば卒業制作(ディプロマ)の課題にうってつけなのであった。踏み台には円(まる)い穴、あるいは扇面、木瓜(もっこう)の透かしが入る。糸くずや反古紙(ほごがみ)を溜める投入口に使われたが、徒弟にとっては鋸(のこぎり)を引き回すのも厳しい課題のひとつであった
台所研究からスタートし、日本人の暮らし全体へと全面展開する山口昌伴さんのくつろぎの一冊。
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