書評

『〈女流〉放談――昭和を生きた女性作家たち』(岩波書店)

  • 2019/04/17
〈女流〉放談――昭和を生きた女性作家たち /
〈女流〉放談――昭和を生きた女性作家たち
  • 編集:イルメラ・日地谷=キルシュネライト
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(376ページ)
  • 発売日:2018-12-22
  • ISBN:4000613111
内容紹介:
長い年月を経て、偶然「発掘」された未公表インタビューの数々。驚くほど率直に語られた奇跡の記録!

執拗な問いかけで作家の本音を引き出す

1982年2月から約三カ月、日本文学を研究する若いドイツ人女性が日本に滞在した。イルメラ・日地谷=キルシュネライト、当時三十三歳。その数年前に博士号を取得、テーマは三島由紀夫『鏡子の家』論。彼女は、日本文学研究の一環として、女性作家十四人にインタビューを敢行する。

本書に収録されたインタビュー記録はそのうち十一人。佐多稲子、円地文子、河野多惠子、石牟礼道子、田辺聖子、三枝和子、大庭みな子、戸川昌子、津島佑子、金井美恵子、中山千夏。くわえて、2018年に瀬戸内寂聴に会い、このインタビューを措(お)く。「女流」「放談」という時代性を帯びた文言を(あえて)重ねた題名は、80年代初頭の空気を浮上させる試みというわけだろうか。

玉手箱のふたを開けるような心持ちでページをめくると、文学に携わる者の生々しい声が充満していることに、まず驚かされた。作家と研究者という立場、あるいは異文化の背景を超え、しばしば女性同士としての回路が生まれており、そのぶん両者の戸惑いや違和感、内面の揺れが率直に記録されている。

つねに共通の問いを投げかける。作家活動にとって、女性であることが不利益をもたらしているか。評論家や読者から男性作家と同等に扱われていると感じているか。自作が「女にしか書けない作品」と評されたら、どう思うか。編集者や出版社に対し、女性作家としての特権を感じるか。文学が政治的、社会的要素をもつべきか……執拗(しつよう)な問いが、各人の思考の差異を浮き彫りにする仕組みが秀逸だ。

社会的テーマとしてフェミニズムが盛んに取り上げられ始めた80年代初頭、著者は「女流作家」「女流文学」という文言に注目、日本での文学とジェンダーとの関係をさぐる装置とする。大庭みな子はあからさまな不快感を示し、金井美恵子は文学そのものの問題ではないと断じ、男性差別、あるいは女性による女性差別もありうると指摘する。また、津島佑子は、自身の作品を女性の著作として読まれたいかと訊かれ、「やっぱり入口としては、女性」「出口の、読み終わって感想を持つところでは、女性も男性もないっていう感想をもってもらえれば一番いい」と、複雑な物言いをしている。

著者の指摘は、日本語にあらかじめ組み込まれている“複雑で精緻な社会格差システム”におよぶ。

男女の間に存在する一種の「性別語」、つまり、女性形、男性形として分けて話される表現は、以前よりかなり単純なかたちになったとしても、まだ無数に存在し、日常使われてもおり、それらが近い将来消えてしまうという見通しもない。その理由はおそらく、その「性別語」が日本的美学と連結しているから、つまり日本には「性別の美学」というものが確立されているからだ。(エッセイ「“女流文学”が文学になる日」)

であるならば、著者が女性作家たちに投げかけたジェンダーをめぐる問いかけは現在も解決などしていない、いぜん効力を保ち続けているのである。

三十六年前、すれ違っていた瀬戸内寂聴との邂逅(かいこう)。切れば血の滲む九十六歳の作家の言葉のいちいち、言霊が宿る。

女に書けるものは男にも書ける。男に書けるものは女も書ける。
〈女流〉放談――昭和を生きた女性作家たち /
〈女流〉放談――昭和を生きた女性作家たち
  • 編集:イルメラ・日地谷=キルシュネライト
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(376ページ)
  • 発売日:2018-12-22
  • ISBN:4000613111
内容紹介:
長い年月を経て、偶然「発掘」された未公表インタビューの数々。驚くほど率直に語られた奇跡の記録!

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2019年4月7日増大号

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