前書き

『[ヴィジュアル版]地図でたどる世界交易史』(原書房)

  • 2021/08/18
[ヴィジュアル版]地図でたどる世界交易史 / フィリップ・パーカー
[ヴィジュアル版]地図でたどる世界交易史
  • 著者:フィリップ・パーカー
  • 翻訳:花田 知恵
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(280ページ)
  • 発売日:2021-07-15
  • ISBN-10:4562058471
  • ISBN-13:978-4562058471
内容紹介:
交易の歴史的変遷を、その時代を表すフルカラーの地図とともに新石器時代から8000年にわたる長いスパンでたどる。
人間が有史以来続けてきた営みである、交易。欲しいものや必要なものを求めて人間は世界のあらゆる場所に足を伸ばし、そこで手に入る物を文書や地図の形で記録してきました。交易にまつわる物語が込められた地図をフルカラーで50点以上収録し、新石器時代の不確かな物々交換から、現代の瞬時の情報のやりとりまで、8000年にわたる長いスパンを追った書籍『[ヴィジュアル版]地図でたどる世界交易史』より、序文を特別公開します。
 

欲しい物は全世界に存在する

交易――欲しいものや必要なものを、それを余分に持っている人と交換する有史以来の人間の営み。すでに紀元前1万1000年頃から、名もない交易人たちが、メロス島からエーゲ海を渡ってギリシア本土のフランクティ洞窟へ、石刃をつくるガラス質の火山岩、黒曜石を運んでいた。彼らがそうしていたのは利益が得られるからだが、その結果、複数の共同体を結ぶ互恵関係のネットワークが生まれた。

スコットランドの哲学者にして近代経済学の祖アダム・スミスは、人間が交易をする生きものであることをよく理解していた。後世に影響を与えたその著書『国富論』(1776年)で、人間は「ものを運び、物々交換を好む傾向」があると述べている。今日、経済の変化のスピードがスミスの時代よりも格段に速くなっているため、その傾向はいっそう強くなり、中国製の携帯電話、ブラジル産コーヒー、オーストラリア産ワイン、フランス産チーズなどが、私たちの祖先には想像もつかないグローバルなショッピングカートを満たしている。

交易は世界史の陰の立役者である。交易によって他所の余剰作物が運ばれ、紀元前5000年紀メソポタミアのウルクやウルなどの古代都市は、交易の恩恵により拡大と繁栄を遂げた。紀元前1470年頃、エジプトのハトシェプスト女王が伝説のプント王国(おそらく現在のソマリア)へ遠征隊を派遣して征服を試みたのも交易のためだった。交易という原動力がなければ、中国の商人はシルクロードをたどって西へ絹や紙を伝えなかっただろう。アラブの商人は黄金を求めて10世紀にサハラへ足を踏み入れず、イスラームが伝播することもなかっただろう。クリストファー・コロンブスは貴重な香辛料産地への近道を探して、1492年に大西洋を横断しなかっただろう。その結果、忘れられた先のヴァイキングの航海から500年後、思いがけずヨーロッパ人による2度目のアメリカ大陸発見につながり、最初のグローバル化時代が幕を開けた。
 

地図に込められた交易の発展史

本書は、石器時代の不確かな物々交換から、情報化時代における瞬時の取引まで、世界交易の物語を地図を介して紹介する。世界を想像する手段として交易と同様に古くからある地図は、メソポタミアの粘土板に始まり、今日では全世界の詳細を含むコンピュータのタブレットに収まっている。

これらの非常に異なる形の地図に共通するのは、様々な事柄を伝えている点だ。地図を見ると、それぞれの文化が世界をどのように捉えていたか、何に夢中になっていたか、限界はどこにあったかがわかり、どんな思想を広めようとしていたかまで知ることができる。

地図は物語を伝え、交易の歴史はそのような物語にあふれている。本書のために選んだ物語は、主にその時代を表す地図とともに紹介しているが、出来事に関連する地図がほとんどないか、まったく現存しない、あるいは一部しか残っていない場合もある。

ローマ帝国初期のインド洋を舞台にしたモンスーン交易の驚異の物語については、1世紀の商人の案内記からうかがい知ることができ、1500年にわたって中国から中東、ヨーロッパへと商品を運んだシルクロードの壮大な物語は、12世紀中国の地図に描かれている。先コロンブス時代のアメリカ大陸に広がっていた交易網は当時のアステカの都、テノチティトランの地図に描かれている。そして、20世紀初めの海底ケーブル地図や1860年代のスエズ運河建設の地図は、世界が小さくなっていく様子を、1万の言葉を費やすよりも明瞭に語っている。現代に近づくと、インターネットの爆発的な成長とそれが社会に与えた大きな変化は把握することさえ難しいが、それでもその情報の幹と節の地図を見ると、これもある種の交易の形であることがわかる。

本書の大部分を占める地図の多くは、ヨーロッパの視点で出来事を伝えている。ヨーロッパの探検家は発見した土地の地図を作製し、それによって後続の人々に道を示すとともに、象徴的にその土地を我がものとした。ほとんどの場合、そこには先住民がいたが、彼らは問答無用でヨーロッパの君主に隷属させられた。

このような地図製作の主な動機は交易だったが、それだけではなかった。ヨーロッパ人は征服して植民地化した土地から利益を搾取することを目的とした。あからさまな暴力と単純な領土拡大によって短期間に搾り取れる富に君主たちは喜んだが、彼らはその獲得方法や手段には無関心だった。

地図は力の表現であり、地図製作者、もしくはその後援者が理想とする世界の形を表していた。ヨーロッパが国境の外の大陸に関する知識を徐々に増やし、最初は未熟だった調査能力が向上するにつれて、地図は詳細になり、洗練されていった。そして、ヨーロッパが情報分野の首位から陥落し、最初はアメリカ合衆国に、最近では日本、中国、その他のアジア諸国にその地位を奪われたのと同様に、ヨーロッパは地図製作の世界の独占を失い、言うまでもなく、世界貿易の優位も失った。

情報が力であり、地図がその視覚的表現であるとするならば、古代ローマの旅程地図から、ヨーロッパのルネサンスの地図製作者、イギリス帝国の赤い地図に連なる地図製作の系譜はその流れに沿っているし、交易によって地図の基礎がつくられ、拡大していったように、地図の力はさらに広がるだろう。

交易が支える文明

世界が変わるにつれ、交易も変わり、多くの場合、その手段も変わった。嗜好や科学技術の発展にともなって変わったのは、商品――古代の黒曜石から、現代の携帯電話の主な材料であるタンタルまで――だけではない。商品流通の舞台も変わった。

コロンブスの探検にかすみがちだが、ヴァスコ・ダ・ガマの航海も同じくらい重要である。彼は1497年、胡椒などの香辛料を求めてアフリカ大陸を回り、インドの西海岸に到達する新たな航路を発見し、これが世界の地政学を書き換えることになった。ヨーロッパとアメリカ大陸との遭遇――新来者はそれを「新世界」と呼び、そこに前からあった文明の存在を無視した――は、たちまちスペインとポルトガル帝国の設立につながり、まもなくインドは征服され、北アメリカとオーストラリアは植民地化され、残った土地のほぼすべてをヨーロッパの帝国主義の強国が分け合うことになった。

長い歴史のなかで、交易の覇者の名は入れ替わった。ローマ帝国、スペイン・ハプスブルク家、ヴェネツィア共和国、イギリス東インド会社が、戦争の形勢や商業のパターンが変わるように興亡した。紀元前2世紀から後14世紀まで交易の超大国だった中国は、いったん見る影もなく凋落したものの、その後よみがえり、いまでは21世紀の最も成功した交易国となっている。

交易の大国や商人たちが直面した難題や脅威はいまも同じだ。資源の争奪戦は常にあり、世界の石油の6分の1が通過する狭くて紛争が絶えないホルムズ海峡は、16世紀ボリビアのポトシ鉱山でスペインが握っていた銀生産の支配と同様に不安定だ。

戦争と病気は人間だけでなく交易をも犠牲にする。1348年のペスト、1918年から19年のスペイン風邪、2020年の新型コロナウイルス・パンデミックは、交易を一時停止させた。

それでも交易は、ものを手に入れたい、取引したいという欲求に促されてそれらの障壁を常に克服してきたし、そうした欲求がなくなったら、我々の文明は滅びるだろう。ここに載せた50数点の地図は、出来事をただ年代順に並べた記録や、王や大統領のリストよりもはるかに豊かに、歴史の生命そのものを表している。

[書き手]フィリップ・パーカー(元イギリス外交官)
[ヴィジュアル版]地図でたどる世界交易史 / フィリップ・パーカー
[ヴィジュアル版]地図でたどる世界交易史
  • 著者:フィリップ・パーカー
  • 翻訳:花田 知恵
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(280ページ)
  • 発売日:2021-07-15
  • ISBN-10:4562058471
  • ISBN-13:978-4562058471
内容紹介:
交易の歴史的変遷を、その時代を表すフルカラーの地図とともに新石器時代から8000年にわたる長いスパンでたどる。

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