本文抜粋

『ジョン・レノン 最後の3日間』(祥伝社)

  • 2021/12/05
ジョン・レノン 最後の3日間 / ジェイムズ・パタースン
ジョン・レノン 最後の3日間
  • 著者:ジェイムズ・パタースン
  • 翻訳:加藤 智子
  • 出版社:祥伝社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(536ページ)
  • 発売日:2021-12-01
  • ISBN-10:4396617720
  • ISBN-13:978-4396617721
内容紹介:
音楽史史上最大の事件は、なぜ起きたのか――。主著者のジェイムズ・パタースン氏は、エミー賞を9回のほか、エドガー賞、米国人文科学勲章 、米国文学界奉仕功労賞を受賞している米国でも有… もっと読む
音楽史史上最大の事件は、なぜ起きたのか――。

主著者のジェイムズ・パタースン氏は、エミー賞を9回のほか、
エドガー賞、米国人文科学勲章 、米国文学界奉仕功労賞を受賞している
米国でも有数のストーリーテラーの名手として知られています。
そのパタースン氏が、ビートルズ結成60周年、解散50周年、
ジョン・レノン射殺から40年の節目であった昨年に、満を持して
上梓したのが本作の原著『 The Last Days of John Lennon』でした。

本書は、ジョンの幼少期から音楽との出会い、最後の瞬間に至るまで、
その驚くべき人生とキャリアの軌跡を追った物語です。
そしてそのジョンの物語と並行して描かれるのが、
彼の命を奪った「どこにもいない男」(ノーウェア・マン)、
マーク・チャップマンの足取りです。

ポールマッカトニーを始めとする関係者への独占インタビューを
盛り込みながら、交互に入れ替わる2人の視点を描き出し、
その2つの流れが最後には1つの点として交錯していく、
スリリングな至極のドキュメンタリーとなっています。
ビートルズ来日55周年の今年、改めてビートルズ 、ジョン・レノンを
深く味わえる1冊 です 。

リバプールからニューヨークへ、そして1980年12月8日へ。

2020年12月、ビートルズ結成60周年、解散50周年、ジョン・レノン射殺から40年の節目に、満を持してアメリカで刊行され、ニューヨーク・タイムズベストセラーとなった本がありました。その本が、エミー賞9度受賞作家のジェイムズ・パタースン氏の著作『The Last Days of John Lennon』。
そして、その本の翻訳書が21年12月に刊行の新刊『ジョン・レノン 最後の3日間』です。

本書は、ジョンの幼少期から音楽との出会い、最後の瞬間に至るまで、その驚くべき人生とキャリアの軌跡を追った物語であり、またそのジョンの物語と並行して描かれるのが、彼の命を奪った「どこにもいない男」(ノーウェア・マン)、マーク・チャップマンの足取りです。

本稿では、ポール・マッカトニーを始めとする関係者への独占インタビューを盛り込みながら、交互に入れ替わる2人の視点を描き出していく、至極のドキュメンタリー『ジョン・レノン 最後の3日間』より、特別にプロローグを全文公開します。

PROLOGUE 一九八〇年十二月六日

男は、タバコの煙が立ち込める旅客機の客席に座っていた。財布を取り出し、中に入れてある拳銃所持許可証を眺める。もともとは二二口径の拳銃を買うつもりだったのだが、店員の勧めで三八口径にした。

「あのね、二二口径じゃ、押し入ってきた強盗に鼻で笑われるのがオチですよ。でも三八口径を持っていれば、だれもあなたのことを笑ったりはできなくなります。三八口径なら、一発で相手を倒せますからね」

拳銃を飛行機で持ち運ぶ方法については、連邦航空局に電話で問い合わせた。銃弾と一緒にスーツケースに入れて運ぶのが一番安全だと言われたので、その通りにした。
拳銃は、ハワイの銃器店で合法的に購入したものだ。店員には、「護身用」だと言っておいた。

弾丸については、ことはそれほど簡単ではなかった。ホロー・ポイント弾は、ニューヨーク州では違法なのだ。
空港のセキュリティーでバッグを調べられたら、逮捕されるかもしれない。

「きっと大丈夫だ」
飛行機を降りながら、男は自分に言い聞かせた。
このところ、やつらが何よりも警戒しているのはハイジャックだ。でも僕は、絶対にテロリストには見えない。

ラガーディア空港の手荷物引き取り用コンベヤーの前で、男は自分のバッグが出てくるのを待った。赤茶色のレンズの入ったパイロット風のサングラスの奥から、こっそりとセキュリティー係員のほうを見やる。
 
こちらを見ている係員は一人もいない。いい兆候だ。
男は自分のスーツケースを見つけ、手に取った。
追いかけてくるやつはいない。

そのまま出口に向かう。
やはり追っ手はいないようだ。

空港は、出張者や、クリスマスの買い物をしにニューヨークを数日だけ訪れた旅行客でごった返していた。だが、彼の存在を気に留める人はいない。だれかと目が合うことも、挨拶されることもない。

僕はまるで透明人間だ、と男は思った。

ある意味、それは真実だった。
彼は生まれてからずっと、透明人間のように扱われてきた。

いかなる面においても目立たない人間であり、それが彼の大きな強みでもあった。
どこにいても人混みに紛れることができたし、外見もいかにも無害そうだ。
 
「目立たないことが大事だ。いつでも、ごく普通の男に見えるように」

それはつまり、自分の心の中で起きていることとは、できるだけ距離を取ったほうがいい、ということでもあった。心の中は、危険な領域だからだ。

空港から出ると、外には明るい日差しが溢れていた。冬とは思えないほど暖かい。
男は歩道の端にスーツケースを置き、汗をかいて息を切らせながら、タクシーを探した。

スーツケースの中に銃と一緒に収まっている五つの弾丸のことを、一瞬考える。連邦航空局の係員は、気圧の変化が銃弾にダメージを与える場合もある、とも言っていた。

一発だけうまく機能してくれれば、それでいい。

弾丸は五つあり、薬包はホロー・ポイント型のスミス&ウェッソンのプラスPという種類だ。相手を行動不能に陥らせ、最大限の損傷を引き起こすように設計されている。
弾丸が柔らかい体内に撃ち込まれると同時に、キノコ形の先端が炸裂し、破片が極小の電動ノコギリのように回転しながら体の内側へと食い込んで、体の組織と内臓を切り裂くのだ。
 
一発命中させることさえできれば、ジョン・レノンを死へと導くには十分なはずだ。

イエロー・キャブが一台、目の前に停まった。
男はスーツケースをトランクに乗せると、後部座席に乗り込み、ドライバーに住所を告げた。行き先は、セントラル・パークのすぐ近くにあるウェスト・サイドYMCA。
本当の目的地から、わずか九ブロックの場所だ。
 
男は最高の笑みを浮かべて、ドライバーに話しかけた。
「僕、録音エンジニアなんだ」
タクシーが発車する。
「ジョン・レノンとポール・マッカートニーと一緒に仕事をしてるんだ」
返事はない。
彼はドライバーの後頭部をじっと見つめ、こう思った。
「僕がこれから何をしようとしているか知っていれば、あんたもちゃんと僕の話を聞いたはずだ。僕のことを、どこにもいない男(ノーウェア・マン)みたいに扱ったりはできなかっただろうな」
 
「ひとりぼっちのあいつ(Nowhere Man)」は、彼が昔から大好きなバンドであるビートルズの歌だ。そう、かつては、一番好きなバンドだった。だが彼らは、解散してしまった。
 
それに、「ビートルズはイエス・キリストより人気がある」というジョン・レノンの発言を、彼はいまも許してはいなかった。
あの発言は、完全な冒瀆だ。
 
タクシーは、マンハッタンに向かう車の列に加わった。だれもが、ロックフェラー・センターに向かって急いでいる。高さ約二〇メートルもあるクリスマス・ツリーが到着したばかりなのだ。
いまごろ、数日後に迫ったツリーの点灯式典に向けて、電気技師たちがせっせと飾り付けをしているはずだった。
 
男は、コカインの入った袋を取り出した。握った手の甲に粉を一筋引き、鼻から吸い込む。
ドライバーがバック・ミラーでじっとこちらを見ていた。
「きみもやる?」
ドライバーは黙って首を横に振り、視線を前方に戻した。
 
コカインを吸っても、期待していたような効果は得られなかった。
強烈な満足感に満たされる代わりに、汗がだらだらと流れ落ち、怒りが湧いてくるばかりだ。その怒りはすべて、ジョン・レノンに向けられた。
 
男は、「でもどのみち、僕はあいつを撃ち殺す」と、ホールデン・コールフィールドの台詞をつぶやいた。
「やつの太った毛深い腹に、六発ぶち込んでやる」
 
目的地に着くと、男は料金を支払い、タクシーを降りた。ふと、警察が自分に群がるところを想像する。警官たちは銃を手に、彼を逮捕しようと殺到するだろう。それから、独房に閉じ込められて残りの一生を過ごすのだ。
 
想像すると、心が安らいだ。
これこそが、平安だ。
男はタクシーのドライバーに向き直り、名を名乗った。
 
「僕はマーク・チャップマンだ。この名前を次に耳にするときのために、覚えておくといい」
 

書き手:著者 ジェイムズ・パタースン(訳者 加藤智子)
ジョン・レノン 最後の3日間 / ジェイムズ・パタースン
ジョン・レノン 最後の3日間
  • 著者:ジェイムズ・パタースン
  • 翻訳:加藤 智子
  • 出版社:祥伝社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(536ページ)
  • 発売日:2021-12-01
  • ISBN-10:4396617720
  • ISBN-13:978-4396617721
内容紹介:
音楽史史上最大の事件は、なぜ起きたのか――。主著者のジェイムズ・パタースン氏は、エミー賞を9回のほか、エドガー賞、米国人文科学勲章 、米国文学界奉仕功労賞を受賞している米国でも有… もっと読む
音楽史史上最大の事件は、なぜ起きたのか――。

主著者のジェイムズ・パタースン氏は、エミー賞を9回のほか、
エドガー賞、米国人文科学勲章 、米国文学界奉仕功労賞を受賞している
米国でも有数のストーリーテラーの名手として知られています。
そのパタースン氏が、ビートルズ結成60周年、解散50周年、
ジョン・レノン射殺から40年の節目であった昨年に、満を持して
上梓したのが本作の原著『 The Last Days of John Lennon』でした。

本書は、ジョンの幼少期から音楽との出会い、最後の瞬間に至るまで、
その驚くべき人生とキャリアの軌跡を追った物語です。
そしてそのジョンの物語と並行して描かれるのが、
彼の命を奪った「どこにもいない男」(ノーウェア・マン)、
マーク・チャップマンの足取りです。

ポールマッカトニーを始めとする関係者への独占インタビューを
盛り込みながら、交互に入れ替わる2人の視点を描き出し、
その2つの流れが最後には1つの点として交錯していく、
スリリングな至極のドキュメンタリーとなっています。
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深く味わえる1冊 です 。

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