後書き

『アメリカ国務省:世界を動かす外交組織の歴史・現状・課題』(原書房)

  • 2023/06/27
アメリカ国務省:世界を動かす外交組織の歴史・現状・課題 / 本間 圭一
アメリカ国務省:世界を動かす外交組織の歴史・現状・課題
  • 著者:本間 圭一
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(300ページ)
  • 発売日:2023-05-12
  • ISBN-10:4562072709
  • ISBN-13:978-4562072705
内容紹介:
世界の外交の中心、アメリカの象徴ともいえる国務省。「新冷戦」ともいわれる世界情勢のさまざまな局面で影響を及ぼす破格の巨大組織を、元米国駐在・国務省担当記者が日本人向けに案内した必読書。
全世界で7万7000人あまりの職員を抱え、190か国以上と外交関係を持ち、世界270か所を超える在外公館をもつ世界最大級の外交組織であり、世界の外交の中心、アメリカの象徴ともいえる国務省。「新冷戦」ともいわれる世界情勢のさまざまな局面で影響を及ぼす破格の巨大組織を、元米国駐在・国務省担当記者が日本人向けに案内した必読書『アメリカ国務省』より、おわりにを公開します。

あのとき国務省はどう動いていたのか

国務省は200年を超える歴史の中で、常に欠点や限界を指摘され、批判にさらされてきた。例えば、キッシンジャーは著書『White House Years(邦題:ホワイトハウスの時代)』で、国務省の官僚を「公務員の中では最も優秀でプロとしての仕事を行う。聡明で能力があり、忠誠心があり、仕事熱心である」と称賛する一方で、「規律よりも派閥が台頭し、自分の担当する国を擁護し、しつこく、官僚的な手法を用いて、偏狭な利益のために戦う」と非難する。「自分の担当する国を擁護」する特徴は、「依存国過信(Clientitis)」と呼ばれる。アメリカ外交よりも、赴任国の利害を優先させる傾向である。ベーカーは著書『Politics of Diplomacy(邦題:シャトル外交激動の4年)』の中で、「政治任命の大使も含め、接受国を非常に気に入っているため、アメリカの国益という視点を見失う」と分析した。

調査報道で知られるジャーナリスト、ロナン・ファローは、国務省を「対応が遅く、饒舌で、派閥主義」と両断した。「国務省の官僚は仕事に2倍の時間をかける」、「国務省には事務手続きが多すぎる」といった非効率な運営もよく耳にする批判である。国防総省が創設した「21世紀国家安全保障委員会(Commission on National Security in the 21st Century)」は2001年の報告書で、国務省は、要員や予算が増加傾向にあるものの、「非効率的な組織体系を抱えており、各地域や組織運営上の政策が全体の目標に合致しておらず、健全な管理、責任体制、指導力が欠如している。こうした理由から、国家安全保障に関する決定力は、ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)にシフトしている」と指摘した。在外公館への権限委譲や専門調査部門への有能人材の配置など様々な改善策を挙げる中で、委員会は「大統領が適切な国務長官を任命する」と提案した。つまり、トップが改革することが必要というのである。

国務省の刷新を掲げて就任した長官もいた。しかし、キッシンジャーによると、周囲の有能で献身的なスタッフに厚遇されるうちに、国務省を称賛するようになる。懐柔されて結局改革は手つかずのままとなる。こうした状況について、ベーカーは長官就任前、国務省嫌いで知られたニクソンからアドバイスを受けた。ニクソンは第2次世界大戦後の有能な長官として、アチソン、ダレス、キッシンジャーを挙げ、「3人とも官僚から疑いの目を向けられた。(中略)彼らにやり込められてはならない」と語った。ベーカーは、省内で「インナー・サークル」を稼働させ、ホワイトハウスの意向を優先させることで、「有能な長官」との評価を得た。だが、政策研究機関、シカゴ世界評議会会長のイボ・ダルダーと、外交問題評議会のジェームズ・リンゼイは、共同で論文を執筆し、ベーカーについて、「国務省を率いるというよりもそれを無視することを選択し、信頼できる少数の側近を重用した」と冷ややかだった。長官は微妙なバランスを取ることを求められる難しいポストである。

近年では、トランプ政権のティラーソン長官が、大手会計事務所デロイトや、コンサルティング企業に依頼し、業務の効率化を目指した組織再編に乗り出した。5つの委員会を設置し、幹部や一般職員からの意見を聴取し、様々な改善策が出された。例えば、パスポートやビザの発行作業が負担だとして、内務省に移管すべきとの意見もあった。しかし、長官の辞任によって、改革は頓挫した。

世界の安全保障に追われる長官が、長期的な外交戦略を策定し、その上で組織を効率化させていくには限界がある。カーター政権で国務次官(政治担当)を務めたデイビッド・ニューサムは「アメリカ外交で何を強化するのかという振り子は、政治的状況と国際的事件によって左右される」としており、省外の事情に影響を受ける。結局、優秀な長官であろうとも、国務省を改革するのは難しく、仮にそれが軌道に乗っても、時代の変化や様々な出来事が新たな課題や批判をもたらし、そのたびに改革を迫られることになる。それが繰り返される。

ただ、対外的に言えることは、国務省が国内で批判や非難を受けながら、国外においては、理想主義と現実主義のバランスの中で、国益を相手国に求めていくことである。時代が変わり、政権が変わっても、その基本線に変化はないだろう。オルブライトは、長官退任後にジョージタウン大学に戻り、学生らに「外交政策の主要な目標は、他国を我々の思うように動かすことだ」と語った。ヒラリー・クリントンは著書『Hard Choices(邦題:困難な選択)』で、「アメリカの外交政策は、リレーのようなものだ。指導者からバトンを手渡され、我々に有能に走ることを求め、最良の状態で次のランナーに手渡すのだ」と書いた。国益を守るという哲学が党派を超えて継承される。

一方で、ブレジンスキーは著書『The Grand Chessboard(邦題:地政学で世界を読む)』で、アメリカが唯一の超大国であり続けることはないとした上で、「世界的な無秩序を回避し、国際的なライバルの出現を許さないという2つの試練は、アメリカが世界に関与していくことと無関係ではない」と指摘した。ライバルを出現させない形で国際秩序を構築するアメリカの国家戦略を考える上で、国務の役割は過小評価できないだろう。

[書き手]本間圭一(ほんま・けいいち)
1992年、東京大学文学部フランス語フランス文学学科卒業、パリ第1大学大学院修士課程(現代史)修了、パリ第5大学大学院DEA課程(国際展望学)修了。大学卒業後、読売新聞社入社。ワシントン支局、パリ支局長、国際部次長を経て2020年、北見工業大学教授兼国際交流センター長。地域国際系教授(欧州政治・文化、マスメディア、ソーシャルメディア)。著書に『南米日系人の光と影』『パリの移民・外国人』『反米大統領 チャベス』『イスラムに生まれて』『イギリス労働党慨史』がある(共著含む)。
アメリカ国務省:世界を動かす外交組織の歴史・現状・課題 / 本間 圭一
アメリカ国務省:世界を動かす外交組織の歴史・現状・課題
  • 著者:本間 圭一
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(300ページ)
  • 発売日:2023-05-12
  • ISBN-10:4562072709
  • ISBN-13:978-4562072705
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世界の外交の中心、アメリカの象徴ともいえる国務省。「新冷戦」ともいわれる世界情勢のさまざまな局面で影響を及ぼす破格の巨大組織を、元米国駐在・国務省担当記者が日本人向けに案内した必読書。

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