内容紹介

『走る道化、浮かぶ日常』(祥伝社)

  • 2023/08/03
走る道化、浮かぶ日常 / 九月
走る道化、浮かぶ日常
  • 著者:九月
  • 出版社:祥伝社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(192ページ)
  • 発売日:2023-08-01
  • ISBN-10:4396618093
  • ISBN-13:978-4396618094
内容紹介:
社会の違和感を面白がる、魑魅魍魎エッセー爆誕!青森・八戸市出身、京大院卒、ピン芸人・九月のデビュー作。
いったい自分は、まわりの人からどう見られているのか――。
どんな立場にある人でも一度は頭を抱えたことがあるはず。

「『頼れる先輩』っぽく振る舞わないとな」「いつも自分は『盛り上げ役』……」など、
何となく、その場での「自分の見られ方」を意識することは多いのではないでしょうか。
そのうち、人から見られている自分が「本来の自分」からどんどんかけ離れてしまうような息苦しさを感じてしまいます。

京大院を卒業し、現在フリーのお笑い芸人として活躍する九月さんは、「京大卒芸人」という肩書きと自分の実態との乖離に、これまでかなりモヤモヤしていました。
 
「自分のアイデンティティーの一部が、どうしてこんなにも実態と違う響きをしてしまうのか?」

悩みながらも考えつづけた結果、ある一つの答えに辿り着きました。初のエッセーとなる本書より一部抜粋の上ご紹介いたします。


 京大院卒お笑い芸人が考える、「個性」が「キャラ」に変換されるとき

「人からどう見られているか」は、かなり重要な問題だ。見られている通りに振る舞わねばならない場面が、日常にはたくさんあるからだ。この集団では年長のまとめ役として期待されているなとか、豊富なアイディアを求められているなとか、今は何もせずその他大勢であることが重要だなとか。

大なり小なり、人は見られ方を考えながら生きている。自分は一人でも、見られ方はたくさんある。ここで難しいのは、その場その場での見られ方を、自分では選べないことだ。

少し前まで、結構悩んでいた。人前に出るとき「京大卒の芸人」という肩書きがついて回ることが、じんわり嫌だったのだ。経歴上の事実ではあるし、母校への愛着もあるし、今の芸風やスタイルの重要な土壌でもあるのだけど、嫌なものは嫌だった。

「京大卒芸人」=「計算高い権力志向の実用エリートボンボン」?

というのも、「京大卒芸人」という語は、しばしば「計算高い権力志向の実用エリートボンボン」くらいの響きを持ってしまうのだ。しかし僕の実態はほとんど真逆である。「頭でっかち屁理屈ぐうたら空想自我持ち肉団子」くらいに思ってほしい。それもどうかと思うけれど、そっちのほうがより実態に即している。実態よりよく見られたいとは思わないけれど、誤解はされたくない。

そういった誤解を受けると、必ず損をする。まずほとんどの場合、すぐに嫌われる。そりゃそうだ。「計算高い権力志向の実用エリートボンボン」なんて、だいたいみんなが嫌いだ。僕だってそうだ。怖過ぎる。「担当弁護士」とか「出資者」以外で会いたくない。そもそも、芸人というのは人を笑わせる仕事なのだから、少し舐められているくらいがやりやすかったりもする。あんまり構えられても得がない。

あるいは、ごくわずかなケース、「京大卒芸人」であることを理由に好かれることがあったとして、だんだんに「なんか違うな」と気付かれて人が去る。そりゃそうだ。「計算高い権力志向の実用エリートボンボン」だと思って興味を持った相手が、「頭でっかち屁理屈ぐうたら空想自我持ち肉団子」だったら去るに決まっている。オーダーと違い過ぎる。このパターンの人たちも、「構えている」という意味では変わらない。「構えてた感じじゃないな」とがっかりされるだけなのだ。結果、どう転んでも得がない。

肩書きからのイメージによって、これまで様々なことを言われてきた。「学歴高いのが面白いと思ってんの?」、面白いわけないだろ。他人が勉強できてもムカつくだけだろ。「どうせ政界進出する踏み台なんでしょ」、後々で政治家になる奴はいるかもしれないけど、初めから政治家志望の芸人はいるわけないだろ。遠いって。「うんちとか面白がらなさそう」、うんちが一番面白いだろ。ふざけんな。

きっと、そういう言葉の何割かは、僕へのパスだったのだと思う。そういう言葉に対して、いかにも「計算高い権力志向の実用エリートボンボン」が言いそうなことを、いかにも嫌らしく皮肉っぽく返せていたら、相手は満足したのかもしれない。でも、僕にはできなかった。出すべき言葉が自分の中になかったのだ。「そうですね、うんちよりニーチェのほうが面白いですよ」とか言ってみたい。言えない。ニーチェが悪いわけじゃない。うんちが面白過ぎる。

自分のアイデンティティーの一部が、どうしてこんなにも実態と違う響きをしてしまうのか、結構長らく悩んでいた。そして結論が出た。どうやら原因は、「アイデンティティー」が「キャラクター」に変換される際、認識上の修正が働くことにある。ある人をあるキャラクターだと認識するとき、「その人らしさ」よりも、そのキャラクターから連想されるテンプレート、「キャラクターらしさ」のほうが優先されてしまうようなのだ。

「鉄道が大好きな人」が、みんな早口なわけじゃない

例えば「鉄道が大好きな人」がいたとする。その人は駅名や路線、電車についてかなり詳しい。これはその人本来のアイデンティティーだ。しかし、そのアイデンティティーが「キャラクター」に変換されるとき、その人は「熱くなったら早口で喋る」みたいなことまで期待されてしまう。本当に早口かどうかは問題じゃない。鉄道ファンが本当に早口な傾向を持っているのかさえ問題じゃない。「皆がそのキャラクターについて想像するあるある」だけが問題になる。そういった「キャラクターらしさ」をなぞらないと、キャラクターがわかりやすく機能しないのだ。その人はゆっくり喋りたい人間かもしれない。でも、そういう個体差は切り捨てられ、その人には早口が期待されてしまう。

このような現象が、まさに自分に起こっていた。ややこしい状況だった。自分に合わない「キャラクターらしさ」が期待されているとき、求められたものを出そうと思っても、上手く出せない。必ずボロが出る。ボロが出てしまうと、キャラクターは破綻する。

かと言って、「キャラクターらしさ」を全て無視することも難しい。というか、「キャラクターらしさ」を完全に無視してはいけない。それは相手と自分を繫ぐ接触面だ。相手はこちらに「キャラクターらしさ」をあてがうことで、ある種の取扱説明書に従おうとしている。こちらが全く取扱説明書通りに動かなかったならば、相手からして全く理解のできない存在となってしまう。すると、相手は去って行ってしまう。

「キャラクターらしさ」への期待に応えたい気持ちもあるし、期待に応えられない現実もあるし、本当の自分に触れてほしいという願望もある。そのはざまで、僕は身動きが取れなくなっていた。経歴を隠したり、わざと自分らしくないことをしてみたりした。

こうした状況に陥ったことがあるのは、きっと僕だけではない。「めっちゃB型だよね」「強そう」「野球部、超しっくりくる」「妹っぽいよね」などなど、身の回りには他者のアイデンティティーをキャラクターに変換し、何らかの「キャラクターらしさ」をあてがおうとする言葉がたくさんある。きっと多くの人が、「キャラクターらしさ」とどう付き合うか悩んでいる。

お笑いで言うところの「フリ」

そして、僕はあるとき気が付いた。この問題は芸人ならではの方法や考え方で解決できる。つまり、与えられる「キャラクターらしさ」とは、お笑いで言うところの「フリ」なのだ。舞台上にフリがあるとき、芸人はそのフリに乗っかることもできるし、乗らないこともできる。このとき、全てに乗っかるだけではダメだし、全てに乗らないだけでもダメだ。双方をバランスよくやっていくことによって、舞台上でやれることは広がっていく。

全く同じことをすればいい。あてがわれる「キャラクターらしさ」に対して、たまに乗っかったり、適度に外したりすればいいのだ。ただ従うのでもなく、ただ裏切るのでもない。どっちもやればいい。「やっぱり思った通りの奴なんだ」と「でも意外な一面もあるんだ」を往復する。すると、自ずとキャラクターの可動域が広がっていく。だんだんに、自分らしく振る舞えるスペースを手に入れられる。きっと、無理のないペースで「見られ方」も変わっていく。「キャラクターらしさ」ではくくれない、自分本来のアイデンティティーまで、周囲が辿り着いてくれる。

 

【書き手】

九月(くがつ)

1992年生まれ、青森県八戸市出身。京都大学教育学部卒業、同大学院教育学研究科修士課程修了。事務所無所属のピン芸人として、一人芝居風のコントを中心に活動中。劇場、アートギャラリー、バー、民家、廃墟、山、海など、全国各地で場所を選ばずコントライブを行なう。公演時間は短くて 60分、長いと 72時間にも及ぶ。 このほかコラム、エッセイの執筆もしている 。

・ Twitter@kugatsu_main

・ Twitter(九月の『読む』ラジオ)@kugatsu_readio

・ YouTubeチャンネル「九月劇場」@kugatsu_gekijo

 

本稿は『走る道化、浮かぶ日常』(祥伝社)より一部抜粋のうえ作成
走る道化、浮かぶ日常 / 九月
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