孝経は孔子の教えを記す古典。千八百字と短く初学者向きだ。中国や日本でよく読まれた。その歴史を漢代から現代までたどる旅である。
孝経という名前だが、親孝行に限らない。為政者の心構えが中心だ。≪先王有至徳・要道、以順天下、民用和睦、上下無怨。汝知之乎≫(古代の王は徳と道で天下を治め、民は平和で統治に不満がなかった。いいかね?=評者訳)。後漢の鄭玄(じょうげん)、魏の王粛(おうしゅく)、唐の玄宗、宋の朱子…らが注をつけた。散逸したものも多い。
書物は写本で伝わる。誤字脱字が避けられない。そこで石碑をつくりテキストを固定した。出版が普及すると、版本の照合が容易になった。こんな文献学の基本も学べる。
中国で散逸した書籍が日本に残っていたりする。江戸時代、太宰春台校定の『古文孝経(孔安国伝)』が清に輸出され『四庫全書』に収められた。日本の研究水準は高かった。鈴木順亭は越後の人。江戸に出て孝経関連書を買い集め『孝経疏証(そしょう)』を著し、二四歳で亡くなった。大正年間に出版され高い評価をえた。
儒学を忘れた日本人は方向感覚を失っている。伝統の引き出しを大事にしなさい。貴重な忠告である。