書評

『文化が違えば、心も違う?──文化心理学の冒険』(岩波書店)

  • 2025/09/15
文化が違えば、心も違う?──文化心理学の冒険 / 北山 忍
文化が違えば、心も違う?──文化心理学の冒険
  • 著者:北山 忍
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:新書(238ページ)
  • 発売日:2025-08-22
  • ISBN-10:400432078X
  • ISBN-13:978-4004320784
内容紹介:
文化が違えば人の考え方も変わる。では、文化の違いはどこから生まれる? 文化はこころにどのような影響を与えている? 人類の歴史や地球の生態から、脳神経や遺伝情報まで、多様な知見を駆使… もっと読む
文化が違えば人の考え方も変わる。では、文化の違いはどこから生まれる? 文化はこころにどのような影響を与えている? 人類の歴史や地球の生態から、脳神経や遺伝情報まで、多様な知見を駆使して、人間のこころのメカニズムを解明する文化心理学。通俗的な偏見を退け、多様性の本質を捉える最先端の試みを紹介する。

目 次

はじめに

第1章 サブサハラ・アフリカに、「文化の違い」を追い求めて
1 アフリカでの挑戦
2 競争が協調を生む?――自己促進的協調の文化
3 他の文化圏と比較してみると
4 親しみか、怒りか、誇りか――感情表出のパターン
5 なぜ文化圏によって違いが生まれるのか
6 文化心理学とはどういう学問か

第2章 日米の常識を疑う
1 文化発見の旅
2 カルチャーショック――日米の文化的差異
3 人間関係の能動性と受動性
4 人についての文化的常識を再考する
5 アメリカから日本へ
6 多様性から共創へ

第3章 文化と心のダイナミズム
1 新たな地平を目指して
2 独立・協調というモデル
3 個人主義と集団主義
4 規範の厳格さ
5 関係流動性
6 まとめ

第4章 人類史から見る文化の起源――生態条件と進化
1 文化はどこに?
2 生態・文化の複合体
3 遺伝子との共進化
4 進化が紡ぐ多様性と普遍性

第5章 多様性と普遍性を探る旅
1 ユーラシア大陸
2 中心傾向の意味すること・しないこと
3 心の世界地図
4 「近代西洋」はどこから来たのか
5 文化心理学が示す未来への道筋

終 章 文化心理学という知の冒険

あとがき

脳神経学とも共同し多様性考察

これまでの異文化研究において、文化の他者について展示的な表象に偏重するものが多い。とくに一九七〇年代後半から流行っていた比較文化論は経験主義的な記述に片寄っており、急激に変化する現代文化の実態にまったくそぐわない。文化の違いについての研究はより深い次元での探求が不可欠だ。本書は文化心理学からの試みと、その可能性を示したものである。

多様な文化を体系的に理解するにはどうすればよいか。過去三十年来、文化心理学の分野ではさまざまな実証研究が行われてきた。個人の独立性と協調性に着目し、欧米と東アジアだけでなく、サハラ以南のアフリカ、中東・北アフリカ、ラテンアメリカ、南アジアなど、非西洋文化圏との違い、ならびに相互間の歴史的な関係性についても幅広い検討が行われた。

かつて心理学の主流は人の心を情報処理装置とし、認知、感情、動機付けの機能とそのメカニズムの解明に重点が置かれた。理論を実証するデータはほぼ欧米人のものばかりで、非西洋世界への視点が欠落しがちであった。一九九〇年代から状況が大きく変わり、欧米以外の地域についても、人間の行動や心のあり方と文化的慣行や意味の複合体との関係が考察された。

最大の驚きは脳神経学者との共同研究でえた知見である。神経伝達物質が文化学習の精度と有意な関連性があり、特定の遺伝子は、文化という環境要因の効果を増幅するという実証研究の結果はかつての異文化研究の「常識」を覆すものだ。従来、文化が違っても、人間はみな同じだと考えられていた。限定的な考察とはいえ、文化のあいだで心の性質に違いがあるという仮説は画期的な理論モデルの可能性を示し、今後、他分野の文化研究にも波紋を広げるであろう。

もう一つ目を引くのは、ヨーロッパ系アメリカ人と東アジアの人々との比較である。後者に比べて、前者は喜びや興奮といった肯定的な感情に高い価値を置き、その経験頻度も高いことが複数の研究で示されている。

そのことは、言語芸術の研究でえた知見とも一致する。『万葉集』など日本の古代詩歌や物語文学において、幸福感、高揚感よりも悲しみ、儚さといった否定的な感情に美学的価値が置かれている。王朝和歌から近世の俳句にいたるまで、侘しさの詠嘆は心象表現のみならず、生の煌めきの隠喩として表象されている。東アジアでは伝統的に自己高揚に優位的な価値が賦与されたものではない。『老子』の「福は禍の伏する所」からうかがえるように、幸福と不幸は二項対立ではなく、両者は隣り合わせの関係と見なされている。そのことが心理学の実証研究でも示唆されたのは興味深い。

異文化比較のアプローチにおいて隣接分野の成果にも広く目配りしている。社会心理学、進化心理学にとどまらず、歴史学、政治学、地理学、文化史学、人類生態学の知見もふんだんに参照された。領域横断的な手法により、思いがけない収穫が多くえられた。

なかでも文化の多様性についての研究は文明史以前にさかのぼり、人類の生態環境への適応形態をめぐる考察は印象的だ。西洋と非西洋の関係については近代にかぎらず、より広い時間軸において捉えることで、両者のあいだの差異および類似性をめぐる考察を奥行きのあるものにした。
文化が違えば、心も違う?──文化心理学の冒険 / 北山 忍
文化が違えば、心も違う?──文化心理学の冒険
  • 著者:北山 忍
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:新書(238ページ)
  • 発売日:2025-08-22
  • ISBN-10:400432078X
  • ISBN-13:978-4004320784
内容紹介:
文化が違えば人の考え方も変わる。では、文化の違いはどこから生まれる? 文化はこころにどのような影響を与えている? 人類の歴史や地球の生態から、脳神経や遺伝情報まで、多様な知見を駆使… もっと読む
文化が違えば人の考え方も変わる。では、文化の違いはどこから生まれる? 文化はこころにどのような影響を与えている? 人類の歴史や地球の生態から、脳神経や遺伝情報まで、多様な知見を駆使して、人間のこころのメカニズムを解明する文化心理学。通俗的な偏見を退け、多様性の本質を捉える最先端の試みを紹介する。

目 次

はじめに

第1章 サブサハラ・アフリカに、「文化の違い」を追い求めて
1 アフリカでの挑戦
2 競争が協調を生む?――自己促進的協調の文化
3 他の文化圏と比較してみると
4 親しみか、怒りか、誇りか――感情表出のパターン
5 なぜ文化圏によって違いが生まれるのか
6 文化心理学とはどういう学問か

第2章 日米の常識を疑う
1 文化発見の旅
2 カルチャーショック――日米の文化的差異
3 人間関係の能動性と受動性
4 人についての文化的常識を再考する
5 アメリカから日本へ
6 多様性から共創へ

第3章 文化と心のダイナミズム
1 新たな地平を目指して
2 独立・協調というモデル
3 個人主義と集団主義
4 規範の厳格さ
5 関係流動性
6 まとめ

第4章 人類史から見る文化の起源――生態条件と進化
1 文化はどこに?
2 生態・文化の複合体
3 遺伝子との共進化
4 進化が紡ぐ多様性と普遍性

第5章 多様性と普遍性を探る旅
1 ユーラシア大陸
2 中心傾向の意味すること・しないこと
3 心の世界地図
4 「近代西洋」はどこから来たのか
5 文化心理学が示す未来への道筋

終 章 文化心理学という知の冒険

あとがき

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2025年9月13日

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