書評
『日常生活の精神病理』(岩波書店)
フロイトはよく旅をした。そしてど忘れ/記憶違い/言い違い/読み違い/…をした。それらを掘り下げ心の奥底をのぞき込もうとする。
冒頭の事例が印象的だ。フロイトはよく知る画家シニョレッリの名をど忘れした。彼の分析はこうだ。旅の連れと性の話題になり、それをはぐらかしたため、似た音や連想がはたらいてしまう画家の名前が出て来なくなった。心の隠れたメカニズムに立ち向かう「科学」である。
本書の初版は約八○頁(ページ)。読者が類例を寄せるなどして次第に膨らみ、大冊になった。文庫の付録「内容の構成と事例一覧」が重宝する。
フロイトが育ったのは落日のハプスブルク帝国。時代の足音に怯える人びとの無意識に、彼は科学のメスをあてた。ユダヤ人の彼は、キリスト教やアカデミアから排除された。その外側から、精神の不条理を合理的に解明する道があると示した。
いま時代は巡り、社会の全体を見通せない人びとは、SNSの陰謀論やフェイクで不安にかられる。何かから目を背け何かを信じこむメカニズムだ。この集合心理の暗部に光を当てる、新しい時代の科学者フロイトがまた出てほしいものである。
冒頭の事例が印象的だ。フロイトはよく知る画家シニョレッリの名をど忘れした。彼の分析はこうだ。旅の連れと性の話題になり、それをはぐらかしたため、似た音や連想がはたらいてしまう画家の名前が出て来なくなった。心の隠れたメカニズムに立ち向かう「科学」である。
本書の初版は約八○頁(ページ)。読者が類例を寄せるなどして次第に膨らみ、大冊になった。文庫の付録「内容の構成と事例一覧」が重宝する。
フロイトが育ったのは落日のハプスブルク帝国。時代の足音に怯える人びとの無意識に、彼は科学のメスをあてた。ユダヤ人の彼は、キリスト教やアカデミアから排除された。その外側から、精神の不条理を合理的に解明する道があると示した。
いま時代は巡り、社会の全体を見通せない人びとは、SNSの陰謀論やフェイクで不安にかられる。何かから目を背け何かを信じこむメカニズムだ。この集合心理の暗部に光を当てる、新しい時代の科学者フロイトがまた出てほしいものである。
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