前書き

『世界の食はどうなるか:フードテック、食糧生産、持続可能性』(原書房)

  • 2024/02/20
世界の食はどうなるか:フードテック、食糧生産、持続可能性 / イェルク・スヌーク
世界の食はどうなるか:フードテック、食糧生産、持続可能性
  • 著者:イェルク・スヌーク
  • 翻訳:野口 正雄
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(312ページ)
  • 発売日:2024-01-26
  • ISBN-10:456207387X
  • ISBN-13:978-4562073870
内容紹介:
新しい食品トレンドと課題について現状を徹底分析し、具体的事例とともに、アイディアとヒントを提示。食品ロス、ハイブリッド市場、スーパーマーケットの変革など、グローバルな食品システムの未来と変革を知るための必読書。
パンデミックや、戦争、気候変動と人工知能など、世界の食をめぐる情勢は大きく変わりつつあります。先進国の飢餓、3Dプリンターで作る食品、都市農業、海の農場、培養肉など、これまで経験したことのないような市場環境の変化や先進技術に注目し、食の安全性、ハイブリッドな市場、スーパーマーケットの役割とパラダイムシフト、食品ロス、eコマース、未来の食と流通ネットワークなど様々なテーマを取り上げ、具体的事例とともに、現状やトレンドを徹底分析していきます。食を扱う専門家やフードチェーンの当事者が知っておくべき情報とアイディアやヒントがつまっている書籍『世界の食はどうなるか』から「まえがき」を特別公開します。

新しいフードシステムとは?

今朝の朝食は何だっただろうか? 糖質控えめのグラノーラにベリーとスキア[アイスランドのヨーグルトに似たデザート]を添え、飲み物はオートミールドリンク――あるいは緑茶好きならチャイラッテ――にしたかもしれない。ランチにはキノアやザクロの実を添えたおいしいアボカドサラダをたくさん食べるかもしれない。それとも代替肉のベジバーガーがお好みだろうか?
わずか20年前にはこうした食品は思いつきもしなかっただろう。食品には個人的なところがある。しばしば親から子へと受け継がれるレシピや習慣を伴う家族の物語であったりする。だがこれからはそういう時代ではない。いまや伝統に根ざした食習慣は急速に変化しつつあるのだ。
近ごろでは、私たちはいつでも世界の隅ずみから運ばれてきたとてもおいしい食材がすぐに手に入ることをあたりまえのように思っている。だが一方ではこうしたグローバル化が進んでいけば厄介な問題が生じることにも徐々に気づきつつある。食品は無理なく手に入るわけではない。私たちの健康、環境、また社会全体に影響を及ぼすのだ。2050年に100億人が食べていくようになったらどうなるだろうか? 食糧生産を倍増させなければならないが、私たちにあるのは大きさに限りのある地球ひとつだけなのだ。つまり、人類はこれまでのやり方を変える――それも良い方向に――必要がある。技術は役に立つだろうが、真に求められているのは構造的な変革なのだ。フードシステム全体を設計し直す必要があるのである。

私たちは普段からベルギーチョコレートをおいしく食べているが、その原料となるカカオを発展途上国で栽培している農民は、働いても暮らしを成り立たせることができない。もっと身近なところでは、養豚に投資した畜産農家は、自分にはなすすべがない国際市場メカニズムのために、生産した豚肉の価格の乱高下に翻弄されている。地球温暖化はコーヒー豆の生産を脅かしている。真菌感染症が、西欧のスーパーマーケットの棚からお気に入りの品種のバナナを一掃してしまうかもしれない。成長し続ける市場――特に中国市場――で需要が急拡大することで世界貿易の均衡が崩れ、天然資源や食材が不足してしまうかもしれない。
スーパーマーケットチェーンは立派な持続可能性報告書を発表しているが、その一方で、相も変わらず持続可能でもヘルシーでもない商品の売り込みを続け、それこそが競争の熾烈な市場で勝ち抜く唯一の方法だと思っている。西欧世界では、肥満はいまや飢えよりも深刻な問題となっている。食品産業は、最新技術を駆使し、くせになるけれど過度に加工された商品を幅広く開発し、非常に安く販売することで意図せずして私たちを不健康にしている。このため、逆に自然食品、野菜由来食品、グルテンや乳ラクトース糖、アレルギー源、砂糖を含まない食品、成クリーンラベル分表示の明確な食品をスーパーマーケットの棚に並べようとする動きが勢いを増しつつある。

コロナ危機を受けての大きな変化

コロナ危機はこのような変化すべてを加速させた。消費者の要求はこれまでになく強まっている。彼らは多国籍食品複合企業や小売複合企業に不信の眼を向けつつある。また自分が口にする食品が安全で質の良いものであることの保証を望んでいる。原料の生産地や食品の製造国の労働条件について透明性を求めている。また申し分のないサービスとシームレスな使い勝手を期待しており、できれば買った食品雑貨が15分で自宅に届けられるのを望んでいるのだ。
またコロナ危機を受けて現代世界のデジタル化は次の段階へと進んだ。これが食品部門に大きな影響をもたらした。食品雑貨のオンラインショッピングがついに大躍進を遂げたのだ。物事がかつての姿に戻る可能性はなくなった。いまや新しいデジタル流通モデルは従来のスーパーマーケットチャネルにとって深刻な脅威となっている。食品ブランドやスタートアップ企業が、仲介業者をはさむことなくはるかに簡単に、じかに消費者にアプローチできるようになったのだから。
他にも定着した変化として、コロナ危機以降に消費者が進めた暮らしの見直しがある。健康と安全性への関心はこれまで以上に高まっている。これはメーカーと小売業者がないがしろにはできない変化だ。同様に、在宅で働き続ける人が――コロナ危機が終わった後も――大幅に増えることで、食習慣と買い物習慣は持続的に変わっていくだろう。都市の中心部、工業団地、鉄道駅といった、従来の通勤者が行きかうエリアでは人の流れが大幅に減り、そこで営業している食料品店やケータリング店は売上を減らしている。新たな食事や購買が生じる機会はますます自宅や地元近隣へと移っていくだろう。今後はリアル店舗への客足はさらに遠のくだろう。
グローバル化した食品エコシステムの中では誰もが互いに結びついているという気づきが、これまでになく深まりつつある。短いサプライチェーンや地域密着型の生産が重視されるようになってきたとはいえ、消費者と小売業者はグローバル化による恩恵を簡単には手放そうとしないだろう。だがある程度の調整は確実に必要だ。パンデミックのさなか、私たちはみな世界的流通ネットワークのもろさをじかに体験した。さらに、コロナの流行時期に気候危機があまり叫ばれなくなったのはまったくの一時的な事態であり、遠からず新たな切迫性を帯びて立ち現れるだろう。私たちはこれまでのようなやり方で地球の資源を浪費し続けるわけにはいかないのだ。また食品エコシステムに関わるすべての関係者が生産物について公平な分け前を手にし、尊厳ある人間存在として暮らせるだけでなく、持続可能な食品の未来に投資できるようにならなければ、回復力のある食品システムを維持することなどできない。

今後数十年で、フードチェーンのあらゆる当事者がこうした課題に迅速かつ柔軟に対応することが決定的に重要になる。私たちは世界的にネットワークを立ち上げ、若い世代を奮い立たせ、何よりもこれまでの発想にとらわれることなく考えることのできる組織を必要としている。新しいビジネスモデルは既存市場のリーダーたちに挑みかかるだろう。デジタル世代はグーグルグラスを通して市場の関係を観察するだろう。テクノロジーは農場から食卓までのチェーン全体にとってゲームチェンジャーとなるだろう。ブランドとサービスモデルは存在感を示すうえでもはや現実のスペースを必要としなくなるだろう。生産者、小売業者、消費者のやり取りの場はクラウドへと移るだろう。
私たちの食事の内容も今後20年で大きくさま変わりするだろう。私たちはなおも動物の肉を食べているだろうか? あるいは海藻が未来の新たなタンパク質源になっているだろうか? 私たちはまだ自分で料理しているだろうか? あるいは料理を3Dプリンターにまかせ、私たちのDNAやマイクロバイオーム(腸内の微生物の集団)をもとに個別化したレシピを調理させているだろうか? 身体だけでなく心の健康もサポートするよう機械が処方した成分を喜んで――実際に、また気持ちのうえでも――飲み込んでいるだろうか? まだ毎日あるいは毎週の買い物を行っているだろうか? あるいは買い物を冷蔵庫、スマートアルゴリズム、自動運転式の配達車に委ねているだろうか?
ほぼ確実に変化しないだろうものがひとつある。それは食品の結びつける力だ。食卓を囲んで日々の食事をしながら交わす会話、友人と交換するレシピ、おいしいワインを飲みながらの身の上話、特別な日を祝うためにお互いに贈り合うチョコレート……。
本書では、私たちは心躍る旅路、つまり未来のフードシステムをめぐる発見の旅路にみなさんを誘う。お楽しみに!


[書き手]
イェルク・スヌーク(コンサルタント)
ベネルクス地域の小売・FMCG(日用消費財)業界のプロたちにコミュニケーションとネットワークの場を提供する有数のプラットフォーム、リテールディテール社の創設者であり、また未来のショッピングを実体験でき、知識とインスピレーションが得られる施設、リテールハブのリーダーである。講演者として国際的に名が知られ、共著の『ショッピングの未来 The Future of Shopping』は2018年のマネジメント・ブック・オブ・ジ・イヤーを受賞している。

ステイファン・ファン・ロンパイ(ジャーナリスト)
ジャーナリスト、リテールディテールの編集長。消費者行動の調査・研究を行っている。特に小売流通業と飲料、食品、化粧品などのFMCG(日用消費財)の動向を30年以上にわたり注視し、この分野のリーダーや経営者たちにインタビューを重ね、小売業をテーマとした様々な記事や出版物を執筆してきた。イェルク・スヌークとの共著で『ショッピングの未来 The Future of Shopping』を刊行している。
世界の食はどうなるか:フードテック、食糧生産、持続可能性 / イェルク・スヌーク
世界の食はどうなるか:フードテック、食糧生産、持続可能性
  • 著者:イェルク・スヌーク
  • 翻訳:野口 正雄
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(312ページ)
  • 発売日:2024-01-26
  • ISBN-10:456207387X
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