書評

『いつも誰かが入れない:「女人禁制」から考える日本の性差別システム』(エトセトラブックス)

  • 2026/10/24
いつも誰かが入れない:「女人禁制」から考える日本の性差別システム / 伊藤 春奈
いつも誰かが入れない:「女人禁制」から考える日本の性差別システム
  • 著者:伊藤 春奈
  • 出版社:エトセトラブックス
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(128ページ)
  • 発売日:2026-09-28
  • ISBN-10:4909910352
  • ISBN-13:978-4909910356
内容紹介:
「女性は土俵から降りてください」「女が登ると、山が荒れる」「穢れているから×○△(どうのこうの)」「置かれた場所で咲きなさい」――その「伝統」とやらの正体マイノリティから居場所を… もっと読む
「女性は土俵から降りてください」
「女が登ると、山が荒れる」
「穢れているから×○△(どうのこうの)」
「置かれた場所で咲きなさい」
――その「伝統」とやらの正体

マイノリティから居場所を奪う日本社会の生きづらさを、
排除の文化「女人禁制」から捉え直す、フェミニズムの果敢な試み。

21世紀になっても、まんべんなく「女人禁制」の文化・慣習が残る国、日本。伝統的な家庭を守り、シスジェンダー/異性愛の男性によって場を独占して社会を回すために、誰が、どのように排除されてきたのか。
相撲、古典芸能、寺、山、炭鉱の「女人禁制」を足がかりに、「男社会」がマイノリティを追い出してきた歴史と構造を読み解き、この問題はあらゆるジェンダーが当事者なのだと明らかにする。

フェミマガジン『エトセトラ』連載から大幅加筆!
柚木麻子の痛快〈女人禁制〉エッセイ「ラーメンいちから作ってみたら自然と腕組みしちゃってた記」
ナモナモ寺・野世阿弥インタビューを特別収録。

〈目次>
はじめに――「道」ではなく「場」をつくる

第1 章 土俵――「あの事件」がさらけ出した「帝国」の論理
「伝統」の美名のもとに女性差別を正当化/「穢れ」の理不尽さにはシンプルに怒りたい/「土俵問題」、その後/帝国主義と結びついてしまった大相撲

第2 章 歌舞伎――古典芸能と疑似天皇制
特定の人しか歩かない一方通行の道――「極道」⁉️/『国宝』が描かなかった政治、歴史、汚さ/おなじみの「男だけの歌舞伎」は戦後から/古典のジェンダー類型を塗り替えた市原佐都子『弱法師』/仏教とフェミニズムの共通点

第3 章 山――誰が、何のために?
御殿女中、「男女平等」を求め富士登頂へ参る/勝手に高野山に登った女性たち/「それ女が登るで、山が荒れるぞ」/あの日、山頂から見た景色/禁制を解く裏に「煩悩」?/「男になれる」修行とは……/結局、女人禁制の山が執着する価値観って?/女性差別の「伝統」を支える男性知識人たち/アウトドア業界のいまどきマッチョ文化

第4 章 炭鉱――「女人禁制」を打ち砕く語り
貧困と「赤不浄」/「女と朝鮮人でもった」戦中の炭鉱/家制度を再生産した、語らぬ男たち/「名もなき」女性たちが変えてきた歴史/

おわりに

特別収録:
【インタビュー】ナモナモ寺・野世阿弥
「寺という場所から仏教やフェミニズムをちょっとずつ開く」

【エッセイ】柚木麻子
「ラーメンいちから作ってみたら自然と腕組みしちゃってた記

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

「伝統」という言葉で議論を封殺する風潮

先日、「だんじり祭り」で、だんじりが横転した結果、2名の死者と複数のけが人が生じた。SNSを覗(のぞ)くと、あろうことか、リスクはわかっていたはずだとか、自己責任ではないかといった声が目に入る。あまりにグロテスクな意見にたじろいだが、その意見の支えとなっていたのが「伝統」という言葉。長らく続いてきたのだし、同様の事故はこれまでも起きてきたのだからと、起きてしまった事故ではなく、保持されてきた歴史や意義を優先する動きがあった。何なんだこれは、と苛立(いらだ)ちながらも言葉を持てずにいる時に、書店でこの本を手に取った。祭りの伝統を問う本ではないが、根っこの問いが共通していた。

女人禁制と聞くと、私たちの多くは、「(伝統だから)仕方ない」「(伝統だから)女性差別ではないかも」と考えがち。しかし、その考えって、理由としてあまりに弱い。差別の温存を、伝統ごときに握らせている。今、「伝統ごとき」という言葉選びに嫌悪感を覚えた人がいたかもしれない。では、伝統の重みとは何か、どこにどのように存在しているのか。何が起きたら、その伝統がようやく度外視されるのだろうか。

2018年、大相撲の土俵上で市長が倒れ、慌てふためく男性たちの間を分け入るように、女性看護師らが土俵上で救命処置をほどこしていると、「女性は土俵から降りてください」とのアナウンスが繰り返された。人が倒れた、助けなければいけない、幸いにも自分にはそのノウハウがある、その場に向かう、処置をほどこし、結果として一命をとりとめた。しかし、降りろ、と連呼された。なぜか。女性だから。女性は上がってはいけないという伝統があるから。

「命の危険」と「伝統」がぶつかった時、伝統なんてどうでもいいと私は考える。日本相撲協会が挙げる土俵の女人禁制の根拠は、「(1)相撲は太古より続く神事が起源(2)大相撲の伝統の遵守(じゅんしゅ)(3)土俵は力士が戦い鍛錬する神聖な場」の三つ。この歴史的な根拠は明確になっていない。いつの間にか「伝統」とされるようになった状態から「神聖さ」が生まれ、そのために「穢(けが)れ」が強調される。

かつて、小泉純一郎首相(当時)が負傷を押して取り組みに臨んで優勝した貴乃花に対し、「痛みに耐えてよく頑張った! 感動した!」と述べたのは今から四半世紀前のこと。怪我(けが)をしながらも優勝、という物語は陳腐で乱暴だが、あれは内閣総理大臣杯を授与した時の発言だった。では、日本で初の女性首相が誕生した現在はどうか。高市早苗首相は、「私は伝統を重んじる。これからも私は相撲の土俵には上がりません」「これは男女平等とかそういう話じゃない。大切に守られてきた日本の伝統の話だ」と述べて、土俵に立つつもりはないと明らかにした。男女平等の話ではない、とはどういうことか。伝統なるものにはそれを無効化する力があるのだろうか。あるのだとしたら、その力の成分を今こそ問うべきではないのか。なぜ、多くの人が伝統を前に黙り込むのか。

本書が考察する主な女人禁制は「土俵」「歌舞伎」「山」「炭鉱」の四つ。女性登山家の先駆者である村井米子は、女性が「楽しみ」として山に入ることへの「風当たり」について記しつつ、「女人禁制の遺風を突き破って」きた経緯を語り残している。男はよし、女はダメ、という概念が通用する限りにおいて、そこでは、男女二元論だけがベースになる。つまり、「女人禁制をやめることは、その価値観を否定し、女人禁制的な価値観が強化してきた社会を変えていくことにもつながるはず」との著者の指摘が鋭い。使い勝手のいい「伝統」という言葉を活用することで、議論を封殺してしまう。封殺するのは、議論に耐えうる論旨を持たないからである。

選択的夫婦別姓や同性婚の議論ではしばしば、「伝統的家族観」なる言葉が登場し、それを理由に導入を食い止めようとする。家族観が伝統的な何かに基づいているとして、それを変えてはいけない理由は何なのか、そもそもその伝統はどうやって生まれたのか、他の選択肢が用意されてはいけないものなのか……こういった議論の広がりを歓迎しない。議論した上で、それでも伝統が勝る理由を主張するわけではなく、伝統で議論の発生を制御するのだ。

このように、伝統は往々にして脆弱(ぜいじゃく)である。この脆弱さを自覚しているからこそ指摘されるのを怖がる。土俵に女性はなぜ上がってはいけないのか。歌舞伎が男性たちの「血」で成立しているのはなぜか。特定の山に女性が入ってはいけないとされてきた理由は何か。私たちの目の前にそびえ立つ「伝統」の大半は張りぼてだ。押せば倒れる、すぐに剥がれる。怖がるものではない。

伝統こそ、問われるのを怖がっている。バレないように、伝統で怖がらせるのである。この脅しは当然、権力の在り処(か)と合致する。本書のサブタイトルにある通り、これは「性差別システム」なのだ。伝統の前で人が傷(いた)む、人が黙らされる。そんなものは直ちに壊されなければならない。
いつも誰かが入れない:「女人禁制」から考える日本の性差別システム / 伊藤 春奈
いつも誰かが入れない:「女人禁制」から考える日本の性差別システム
  • 著者:伊藤 春奈
  • 出版社:エトセトラブックス
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(128ページ)
  • 発売日:2026-09-28
  • ISBN-10:4909910352
  • ISBN-13:978-4909910356
内容紹介:
「女性は土俵から降りてください」「女が登ると、山が荒れる」「穢れているから×○△(どうのこうの)」「置かれた場所で咲きなさい」――その「伝統」とやらの正体マイノリティから居場所を… もっと読む
「女性は土俵から降りてください」
「女が登ると、山が荒れる」
「穢れているから×○△(どうのこうの)」
「置かれた場所で咲きなさい」
――その「伝統」とやらの正体

マイノリティから居場所を奪う日本社会の生きづらさを、
排除の文化「女人禁制」から捉え直す、フェミニズムの果敢な試み。

21世紀になっても、まんべんなく「女人禁制」の文化・慣習が残る国、日本。伝統的な家庭を守り、シスジェンダー/異性愛の男性によって場を独占して社会を回すために、誰が、どのように排除されてきたのか。
相撲、古典芸能、寺、山、炭鉱の「女人禁制」を足がかりに、「男社会」がマイノリティを追い出してきた歴史と構造を読み解き、この問題はあらゆるジェンダーが当事者なのだと明らかにする。

フェミマガジン『エトセトラ』連載から大幅加筆!
柚木麻子の痛快〈女人禁制〉エッセイ「ラーメンいちから作ってみたら自然と腕組みしちゃってた記」
ナモナモ寺・野世阿弥インタビューを特別収録。

〈目次>
はじめに――「道」ではなく「場」をつくる

第1 章 土俵――「あの事件」がさらけ出した「帝国」の論理
「伝統」の美名のもとに女性差別を正当化/「穢れ」の理不尽さにはシンプルに怒りたい/「土俵問題」、その後/帝国主義と結びついてしまった大相撲

第2 章 歌舞伎――古典芸能と疑似天皇制
特定の人しか歩かない一方通行の道――「極道」⁉️/『国宝』が描かなかった政治、歴史、汚さ/おなじみの「男だけの歌舞伎」は戦後から/古典のジェンダー類型を塗り替えた市原佐都子『弱法師』/仏教とフェミニズムの共通点

第3 章 山――誰が、何のために?
御殿女中、「男女平等」を求め富士登頂へ参る/勝手に高野山に登った女性たち/「それ女が登るで、山が荒れるぞ」/あの日、山頂から見た景色/禁制を解く裏に「煩悩」?/「男になれる」修行とは……/結局、女人禁制の山が執着する価値観って?/女性差別の「伝統」を支える男性知識人たち/アウトドア業界のいまどきマッチョ文化

第4 章 炭鉱――「女人禁制」を打ち砕く語り
貧困と「赤不浄」/「女と朝鮮人でもった」戦中の炭鉱/家制度を再生産した、語らぬ男たち/「名もなき」女性たちが変えてきた歴史/

おわりに

特別収録:
【インタビュー】ナモナモ寺・野世阿弥
「寺という場所から仏教やフェミニズムをちょっとずつ開く」

【エッセイ】柚木麻子
「ラーメンいちから作ってみたら自然と腕組みしちゃってた記

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2026年10月17日

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