書評

『存在しない女たち: 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』(河出書房新社)

  • 2021/05/13
存在しない女たち: 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く / キャロライン・クリアド=ペレス
存在しない女たち: 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く
  • 著者:キャロライン・クリアド=ペレス
  • 翻訳:神崎 朗子
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(424ページ)
  • 発売日:2020-11-27
  • ISBN-10:4309249833
  • ISBN-13:978-4309249834
内容紹介:
衝撃のデータが世界の見方を変える!トイレからオフィス、医療、税金、災害現場まで、「公平」に見える場所に隠された格差に迫る。

男性を基準に設計された世界

新元号選定の有識者会議の報道を見て啞然とした。「経済界」「法曹界」などの枠(全員男性)の他に「女性」という枠が示されていた。女性とは多くの男性にとって、共同体のどんな分野分類にも属さない他者であるのか。ここで思いだすのは、ボーヴォワールの『第二の性』の一節だ。「人間とは男のことであり、(中略)男は“主体”であり、“絶対者”である――つまり女は“他者”なのだ」。男性が基準(デフォルト)であり、女性は逸脱した変異型だというのは、古来の考え方だ。

『存在しない女たち』の原題は、Invisible Women(見えない女性たち)。この世界が、いかに男性を基準にして設計されてきたか、いかに女性の心身のありようを無視した上に成り立っているかを、無数のファクトとデータをもとに明らかにする圧巻の著だ。以下のテーマが繰り返し現れてくる。(1)女性の体の問題 (2)女性による無償ケア労働 (3)男性による女性への暴力。

昨年、米の有力紙に、アンデスの高原地帯から9000年前の狩猟者とおぼしき遺品と女性の骨が出土したという論文が紹介された。狩猟者の30~50%は女性だったのではという説も出ていると言い、となると、「男は狩猟者、女は採集者」という定説は覆される可能性がある。『存在しない女たち』によれば、「人間の知性、興味、感情、そして基本的な社会生活は、すべて狩猟活動にうまく適応したことによる進化の産物である」という理論は、前世紀中葉の学説を継承するものらしい。

入学や入社、昇進の際にも、男性の評価は水増しされ、女性は減点されてきた。本書は、プログラミング、オーケストラへの採用、農業、自動車設計、絵文字、はては除雪の仕方にまで現れる意識的/無意識的な女性無視/除外を論じる。そもそも「調査」の多くが、女性、とくにマイノリティの女性の回答者を充分含んでいないのだ。

女性作家の文学に関しても、イメージで論じられてきた面がある。本書は、「戦争を取り上げている本なら重要だ、上流社会の女性たちの感情を描いた本などくだらない、と批評家は決めつける」というウルフの考察を引く。かくして、オースティンの小説が内包する鋭い社会諷刺や批評を読みとれず、「視野が狭い」と宣(のたま)う男性作家が出てきたわけだ。

危険な実害があるのは、一つに医療分野だ。心臓発作後の女性の死亡数が増えているのは、その兆候が見過ごされがちだからだと言う。女性に多い頭痛、息切れなどの症状が「非定型」に分類されているせいだ。子宮の病気の正確な診断を受けるまでに、10年もの歳月を要した例も出てくる。

ヒステリーの名づけ親フロイトいわく、「人びとは女性性という謎に立ち向かってきた」。女性を神秘扱いすることで解決してきた問題はあまりに多い。男性は理解を超えた女性の性質を「聖」か「狂」の概念で処理し、そのリソースを巧みに利用したり、閉じ込めたりしてきたのではないか。

最後に「人権は女性の権利であり、女性の権利は人権である」とヒラリー・クリントンの言葉が引かれ、全ての人びとにとって必要なのは、「女性たちの意見を訊くことである」と。それは、ハリス次期米副大統領が勝利宣言で口にした「声を聴かれる基本的人権」という言葉とも呼応するだろう。
存在しない女たち: 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く / キャロライン・クリアド=ペレス
存在しない女たち: 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く
  • 著者:キャロライン・クリアド=ペレス
  • 翻訳:神崎 朗子
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(424ページ)
  • 発売日:2020-11-27
  • ISBN-10:4309249833
  • ISBN-13:978-4309249834
内容紹介:
衝撃のデータが世界の見方を変える!トイレからオフィス、医療、税金、災害現場まで、「公平」に見える場所に隠された格差に迫る。

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毎日新聞 2021年1月16日

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