書評
『ウーマン・イン・ミー ブリトニー・スピアーズ自伝』(太田出版)
「人間だということ、忘れられ」苦悩を吐露
この自伝は「でも今、私はここにいる」との一文で終わる。本書を体感すると、この「でも」が重い。そして強い。ミュージシャンの自伝は、当人が覚えていることだけを綴(つづ)る性格上、都合よくまとめられがちだが、この本は自伝でありながら告発の書だ。私という存在を知ってほしいとの痛切な声が詰まっている。多くのポップスターには、表の顔と裏の顔がある。裏の顔は表から自由気ままに勘繰られ、イメージが無責任に膨れ上がり、そのイメージが最終的には当人に降りかかる。レコードセールスや興行規模をいかに大きくするかばかりを優先する人たちは、本人が抱え持つ葛藤を知っても、気にかける素ぶりを見せるだけ。いくら大観衆に迎えられても、居場所が見当たらなくなる。
「息子の墓前で祖母ジーンが自殺したとき、父は十三歳だった。私と私の兄妹に対する父の態度は、そのトラウマにも原因があることは理解している」。やがてブリトニー自身の人生をコントロールする父はブリトニーの幼少期から気持ちの浮き沈みの激しい人物だった。酒に溺れ、辺り構わず怒鳴り散らしていた。十五歳でジャイヴ・レコードと契約を結んだブリトニーは、あっという間に一千万枚を超えるセールスを記録、スター同士の交流を深め、同業のポップスターとの交際が始まる。
やがて妊娠するも、相手は出産を望まなかった。破局すると、彼はまるで被害者であるかのように振る舞い、ブリトニーはパパラッチの標的になり続けた。自分が見えなくなる。ずっと「社交的な自分と、とても孤立している自分との間を行き来していた」。親しくしていたはずの人たちが、自分が不在の場で自分の存在を語り始める。「私が人間だということを、いとも簡単に忘れてしまう人が多いのはなぜなのだろう」
傷ついたブリトニーをそれでも引っ張り出して商売道具にする人たちは、ツアーをまわらせる。あるいは、露悪的なインタビュアーの前に立たせる。出産した後もパパラッチに追われた彼女は、その追跡から逃げるために、子どもを膝の上に乗せて車を走らせると、「母親不適合者の証拠」とされてしまう。体重の増減にも突っ込みが止まらない。ブリトニーは吐き捨てる、「永遠の十七歳でいることを約束した覚えなんてないんだよ?」
ポップスターの寿命は短い。鮮度ばかりを求め、その鮮度が失われると切り捨てられる。常に次の存在が用意され、人々の興味は残酷に移り変わる。賞賛と批判は表裏一体だが、ひっくり返るとなかなか元には戻らない。子どもの親権を得ようとした夫は、ブリトニーが「常軌を逸しているとの証言を人々から得よう」と試み、子どもをブリトニーから引き剥がす。子どもとの面会を断られた彼女の様子を、やはりここでもパパラッチがおさえていた。
キレた彼女は美容院で頭を丸める。すべてがどうでもよくなった。いい子でいてほしい、憧れの女性でいてほしい、そうやって散々演じさせられてきたのに、公私ともにいつまでも自分で自分の道を選ぶことができない。挙げ句の果てに、父親が後見人制度を使い、仕事、財産、日常生活、娘の全てを管理し始める。打ちひしがれながらも、人前で歌い、踊り続けなければならなかった。まるで夢遊病者のように。
この自伝は、引用するのが憚(はばか)られる乱暴な言葉も随所に使われているが、それは彼女の冷静な思考を加速させるエッセンスに過ぎない。これまでの恨み辛(つら)みを客観視しながら、自分の歩みに意味づけをしていく。自分を餌にした回顧録が出版されても、そう簡単に屈しない。ある時、ファンが行進しながら「ブリトニーに自由を!」と叫ぶ姿を見た。「それは、私の人生で目撃した、最も素晴らしい光景だった」という。
自分で自分の人生を切り拓(ひら)いたと思ったら、その人生はいつのまにか商売道具となり、舵(かじ)取りを奪われ、イメージの中を泳ぐ存在になる。身内に手足を縛られ、身動きが取れない。それなのに、ステージでは歌って踊る。この異常なまでの矛盾をいかに打破したのか、自分を取り戻すまでの壮絶な日々を知る。
スターを見て私たちは、あるべき姿、こうあってほしいという姿を身勝手に用意する。その姿が浮かび上がると、スターはその姿にあてはまろうとする。そこではもう、本来の自分が失われているかもしれないのだが、求められているという一点で誰も疑いを持たなくなる。欠けていた自分の心の修復をできるのは自分しかいなくても、気づけば、修復するための余力が残されていない。
スポットライトを浴びている人の後ろにできる細長い影の成分を私たちは知らない。彼女はその影の取り扱いが上手ではなかった。その影は自分で作ったものではない。それなのに、自分で処理をしなければならなかったのだ。スターの孤独って形骸化したテーマだが、その骨組みをここまで仔細(しさい)に明らかにする自伝もない。私はここにいる、という言葉を持つまでの無数の刻印である。
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