「ボブ・ディランはすごい!」といわれても、いまひとつピンとこないという人は多いと思う。ぼくもそうだ。たしかに「風に吹かれて」は名曲だけど、ほかはよく知らない。美声とはほど遠いダミ声だし。ましてや、なんでノーベル文学賞?
そんな疑問に北中正和はやさしくていねいに答える。ディランの音楽をコンパクトに伝える新書だ。
デビューから60年余りのディランの軌跡は、誤解とレッテル貼りと非難、そして再評価の連続だった。たとえば、「フォークのプリンス」と持ち上げて、彼がエレキギターを弾くとブーイングを浴びせた。
象徴的なのは1970年発表のアルバム「セルフ・ポートレイト」。評論家は音楽誌で「このクソは何だ」とこき下ろした。ところが43年後、未発表音源も含めた「アナザー・セルフ・ポートレイト」が出ると、同じ評論家がこんどは大絶賛したというのだ。ディランの名声が高まって評論家が日和ったというわけはない。43年前は意図が分からなかったのだ、評論家も音楽ファンも。たしかにいま聴くと、いい。
ディランはいつだって、ぼくらの先にいる。