後書き

『音楽の人類史:発展と伝播の8億年の物語』(原書房)

  • 2023/11/12
音楽の人類史:発展と伝播の8億年の物語 / マイケル・スピッツァー
音楽の人類史:発展と伝播の8億年の物語
  • 著者:マイケル・スピッツァー
  • 翻訳:竹田 円
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(540ページ)
  • 発売日:2023-09-26
  • ISBN-10:4562073462
  • ISBN-13:978-4562073467
内容紹介:
細胞間の振動からAIの作曲まで、音楽はどのように生まれ、人類の進化と文明に何をもたらしたのか。世界をリードする音楽学者が描き出す壮大な人類史。「音楽のための『銃・病原菌・鋼鉄』だ」 ダニエル・レヴィティン評
音楽はいつ生まれたのか? なぜ音楽は人を興奮させるのか? 音楽と脳の関係は? なぜ人は歌うのか? 音楽と宗教の関係は? AIが作る音楽はどんなものになる?
脳科学、認知科学、心理学、文化人類学、民俗学、考古学、生物進化学など、あらゆる分野の最新の知見を織り込んで、人類と音楽の歴史的な関係をときあかす。

人間と音楽の抜き差しならない関係

著者のマイケル・シュピッツァーはリバプール大学音楽学部教授だが、その興味の対象は音楽に留まることなく、哲学、心理学、生物学、宗教学など多岐に及ぶ。音楽と他の学問分野の学際的な領域にとくに関心があるという。たしかに、本書が自然科学と人文科学の多数の学問分野を結合し、通常の音楽史よりもはるかに長い時間枠と大きな文脈で、人間と音楽の本質について考察をめぐらした壮大な野心作であることは間違いない。
しかし、あえてここで本書のテーマをひと言にまとめるなら、認知科学者スティーブン・ピンカーの「音楽は聴覚のチーズケーキ[音楽は生物学的適応上なんの役割も果たしていない無用の長物という意味]」という有名な発言への反論に尽きるのではないだろうか。音楽は人間の本質だ。人間が音楽を作り、音楽が人間を作った。人間の音楽は、二足歩行し、並外れて大きな脳を持つ人間という種に固有のものであり、同時に、進化の過程で音楽は人間に選択圧をかけ、肉体、脳、ふるまいを変化させてきた。本書では、人間と音楽のこういった抜き差しならない関係があらゆる角度から、従来の音楽史とは桁違いのスケールで掘り下げられている。
本書は三部構成になっていて、音楽と人間の関わりを、ひとりの人間の生、人類の歴史、人類の進化という三つの時系列に沿って詳細に見ていく。第一部では、人間が誕生してから死ぬまで、その生活に音楽がどのように組み込まれ、どんな機能を果たしているのかを、歴史的地理的に幅広い視点から掘り下げる。第二部では、いまから4万年前に作られた骨のフルートを出発点として、狩猟採集社会から定住性社会、中央集権国家へという社会の発展に伴って音楽がどう進化したかを見ていく。西洋音楽の意外な源流、西洋音楽とイスラム、インド、中国の音楽の本質的な違いがあきらかにされるとともに、いわゆる「西洋クラシック音楽」が世界を植民地化したプロセスが紹介される。第三部では、コオロギ、鳥、クジラといった動物の音楽と人間の音楽の比較にはじまり、人間の音楽のなにが特別なのかが探究される。また、人類の進化(二足歩行→脳の拡大→道具の洗練)と並行して音楽がどう進化していったか、さらに視点を未来に切り替えて、機械が作る音楽と人間の音楽についての詳細な考察が展開される。
本書には興味深い仮説が続々と登場する。なかでも注目されるのが、西洋音楽が、ジャレド・ダイアモンドの「銃・鉄・病原菌」に匹敵する「音符・記譜法・ポリフォニー」という三つの必殺兵器を使って世界を植民地化したという仮説ではないだろうか。西洋音楽は記譜法によって音楽を紙に固定した。それによってはるかに広い範囲に音楽を拡散できるようになったが、同時にそれは、音楽を生まれた時代、場所という背景から切り離して抽象化し、過去の歴史の音楽を批判して革新を起こす西洋音楽の独自性につながったという説だ。
本書には、ルーシー・アウストラロピテクス、メソポタミアの女神官、バッハ、ビートルズ、ピグミー族、BTS、初音ミクなど多彩な音楽家が登場する。また、クジラが歌うこと、その歌には流行と伝統があること、音楽を純然たる音楽として味わう経験は、産業革命後に生じた余暇の副産物で、それまでの音楽は労働と切り離せないものだったこと、人類愛を賛美するベートーヴェンの《交響曲第九番》「歓喜の歌」にトルコの軍楽隊の音楽が紛れ込んでいることなど、あっと驚いたり、はっとさせられたりする情報も満載されている。
とはいえ、圧倒的な情報量もさることながら、音楽に対する著者の深い愛情が本書を魅力的なものにしている。私たち人間が、個人としても種としても有限の存在であるように、私たちが作る音楽もはかなくてもろい。しかし、人間と同じく有限で、消えゆく運命にあるささやかな存在であるからこそ、音楽は私たちの胸を打つ。本書の末尾で述べられる著者の言葉があなたの胸に落ちるとき、あなたの音楽への愛もこれまで以上に深くなっていることを願っている。

[書き手]竹田 円(翻訳家)
音楽の人類史:発展と伝播の8億年の物語 / マイケル・スピッツァー
音楽の人類史:発展と伝播の8億年の物語
  • 著者:マイケル・スピッツァー
  • 翻訳:竹田 円
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(540ページ)
  • 発売日:2023-09-26
  • ISBN-10:4562073462
  • ISBN-13:978-4562073467
内容紹介:
細胞間の振動からAIの作曲まで、音楽はどのように生まれ、人類の進化と文明に何をもたらしたのか。世界をリードする音楽学者が描き出す壮大な人類史。「音楽のための『銃・病原菌・鋼鉄』だ」 ダニエル・レヴィティン評

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