読書日記
鹿島茂|文藝春秋「エロスの図書館」|『盗撮狂時代』『自慰マニュアル』『レディースコミック愛の世界』
オナニストはとことんシュールに突き進む
人間の性的欲望はじつに様々なかたちを取るが、男の欲望はときとして、相手との接触をいっさい含まない純粋に一方通行的な、というか自己完結的な形態を帯びることがある。と、まあ、やけに難しい言葉を使ったが、わかりやすくいってしまえば、セックスそれ自体よりも、ノゾキや自慰のほうにはるかに強い欲望を感じて、それにのめりこむタイプの男が少なからずいるということである。そうなると、性的刺激のためというよりも、うまくいったという達成感から「次」を目指し、ついには己の素晴らしい「成果」を発表したいという欲求に駆られるものらしい。原翔『盗撮狂時代』(イースト・プレス 一四〇〇円)は、電子機器の発達でマニアとファンが急増している盗撮ビデオの世界をかなり興味本位にルポしたものであるが、そのエゲツなさがかえって実態の深刻さを伝えている。
とりわけ強調されるのは、不振が続くアダルト・ビデオ業界で唯一成長を続ける盗撮ものでヤラセの割合がどんどん減り、本物が増えているということ。これは盗撮マニアからの売り込みが激増しているからである。
ではなぜ、それほどにマニアが増えているかといえば、ビデオ・カメラの小型化に加えて電波盗撮が可能になったため、自分がその場にいなくとも機材をセットしておけば、遠隔操作で一部始終を撮影できるからだ。その結果、女子便所、更衣室、女風呂といった定番の場所ばかりか、ラブホテルなどに機材を仕掛けて撮影したものをビデオ会社に売り込む本格派マニアも多い。恐ろしい時代になったものである。
この本にはそうしたラブホテルでの盗撮が採録されているので、ナマの姿がうかがえて興味深いが、それ以上におもしろいのはプロの盗撮師の数々の失敗談で、これがなかなか笑わせる。都内のデパートのレストラン街のトイレで盗撮を行ったところ、次々に美人が出入りするので大いに期待していると、最初に映ったのは野村沙知代のようなオバサン。
「しょうがないなと思いながら次の人に期待したら、このオバサン便秘らしく、いつまでも座っている。テープを早送りしてもずーっとそのまま。アレッと思ったらそのオバサンが45分間座っていた。あと誰も映ってない。さっきのオンナのコたちはみんなほかの個室を使ってたんですね。これにはさすがに落ち込みましたよ。マジメ(?)に盗撮している自分がなんでこんな目にあわなきゃならんのかって」
大笑いといえば、近ごろこれだけ笑わせる本はないというのが辰見拓郎『自慰マニュアル』(データハウス 一四〇〇円)。多くの若者にパソコン・ネットで呼びかけ、どのような方法で、どのような器具を用いて自慰の快楽を得ているか、その創意工夫のほどを投稿するよう頼んだところ多数のオリジナルオナニーの方法が寄せられたので、「日本男子オナリンピック」を開催して、優秀者を選んだというのである。
まず、昔からよく使われたコンニャクなどの食物編から行くと、伸び切ったラーメン、育ち過ぎのオクラ、蓮根、卵の白身、キクラゲ、板カマボコ、チクワ、糸コンニャクなど様々だが、なかで変わっているのが食パン。いろいろなパンをペニスに「試食」させてついに究極のパンを発見する。「食べて美味しくペニスに気持ちいい、最高の食パンなんです。一斤で買ってきた食パンを半分に切ります。半分は僕が食べて、半分はペニスに食べさせます」
次はモノ編。セロテープ、ドラムの振動、水道ホース、掃除機、電動歯ブラシなどは理解できるが、少し変わっているのは二槽式洗濯機の蓋の振動を利用するというもの。「洗濯槽の微妙な揺れと、脱水槽のガタガタした揺れが交じって何ともセクシーな振動がペニスに伝わるんです」
しかし、圧倒的にすさまじいのは動物編と昆虫編。父親が大切にしていた一千万円の錦鯉にフェラチオさせて殺してしまった少年。イナゴを詰めた袋にペニスを差し込んで昇天した会社員は、次に亀頭を藪蚊に刺させてかゆみと痛みの中で悶絶する。聞くだに恐ろしいのは、ペットボトルの中に蟻を入れて試したコピーライターである。「亀頭に群がる蟻たちはザワザワとして、言葉では表現できない、何とも言えない快感を与えてくれるんです」。いやー、ここまでやればご立派と言うしかない。
もっとも、中にはこうした事物では満足できないというマニアもいる。どうするかというと、自分の体を使うのである。一人の自分に風俗嬢を演じさせ、もう一人がこれを楽しむという「一人風俗」がそれだ。説明するのが大変なので本を直接読んでもらいたいのだが、もしこれを究極まで推し進めていけば、シュルレアリストのピエール・モリニエの芸術になる。
シュルレアリストといえば、ハンス・ベルメールのような人形作りが多かったが、本書のオナニストの中にもマイドールの製作に挑戦したものもいる。これは作り方が紹介されているから、興味ある方は一度お試しあれ。その他、野外で女性を見ながら自慰するためのオナマシンの創意工夫もいろいろと図解されている。それにしても、ここまでくると、男というのは自慰する動物だと結論したくなってくる。ゴクロウサマでした。
それでは、女には、こうしたヘンテコリンな情熱はないのかと、本屋の棚を探ったのだが、どうもいい資料が見つからない。そこで女性のファンタスム研究になるかもという期待から、『レディースコミック愛の世界』(宝島社 五五二円)を買ってみた。矢萩貴子、渡辺やよい、堀戸けい、石川恵子、松久晶といったレディース・コミック界の巨匠のアンソロジーなのだが、これを見る限りでは、男より女のほうが視覚面でも圧倒的に性交至上主義のようだ。とにかく、レディース・コミックでは、男の変態のように、マニアの度合いが進むと、限りなく性交から遠ざかってゆくという傾向は皆無である。レディース・コミックやレディース・マガジンに、笑いが生まれないのもそのためなのだろう。
だが即断は禁物である。今後、レディースのほうも独自の進化を見せるかもしれない。なにしろ、こんなジャンルがあるのは世界広しといえども日本だけなのだから。
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