読書日記

鹿島茂|文藝春秋「エロスの図書館」|ティエリー・ルゲー『Fの性愛学』

  • 2017/10/20

Fの探究

一九七〇年代初めに日本を訪れた欧米のジャーナリストが、ピンク・サロンやトルコ風呂(当時の呼称)などの風俗現場を歩いて、もっとも驚いたのは、欧米でオプショナル・サービスとして最も値段の高いフェラチオが日本では最も安く供給されていることだった。それゆえ、彼らは、日本の風俗を天国と信じたのである。

フェラチオに関する異文化ショックをもう一つ。一九八〇年代初め、中国から日本にやってきた研修生たちは、ホテルのアダルト・ビデオでフェラチオ場面を見て、ショックを受けた。日本人はなんて不潔で汚いことを平気でするんだ、というのが彼らの感想だったという。

ことほどさように、女性ないしは男性が口で相手のペニスをくわえるフェラチオという行為は、直接の性行為以上に、異文化間で、その受け取り方が異なり、文化そのものの禁忌事項と重なり合う。

このことを、広く古今東西の文献を集めることで証明してみせたのが、ティエリー・ルゲー『Fの性愛学』(吉田春美訳 原書房 二〇〇〇円)

キリスト教文化圏およびイスラム文化圏で、フェラチオが厳しく禁忌されたのは、子作りのもととなるべき精液が、膣以外のところに放出されることを恐れたからで、オナニー、肛門性交の禁止も、これと同じ理由による。このキリスト教やイスラム教の教えはいまもなお健在であり、アメリカでは、アラバマ州、アリゾナ州、フロリダ州、ジョージア州、マサチューセッツ州など我々のよく知る大きな州の法律で禁じられ、「禁固二〇年から罰金五〇〇〇ドル」までの罰則が定められているという。現実にはアメリカ人の男性の半数以上が日常の夫婦生活でフェラチオを経験しているのだから、彼らはセックスのたびに犯罪者となるわけだ。日本人でこれらの州に旅行する人は、くれぐれも相手にフェラチオを強要しないように。相手が訴えれば最悪二十年の禁固刑ですから。

もちろん、日本をはじめとして、フェラチオというものをまったく禁止していない文化もある。その代表は古代ローマ文化で、異性間、同性間を問わず、フェラチオはさかんに行われたが、それでも不思議なことに、ここにも嫌われている事項があった。ペニスを口に含ませるのはまことに結構なことだが、みずから口に含むのは恥ずべきことと考えられたのである。吸わせるのは能動的で男らしいことだからよいが、吸うのは受動的で女々しいことであるからよくないと見なされたのである。「人々はだれが“そうである”のかうわさしながら一日をすごした」

同じく性に関する禁忌がなかった中国においてフェラチオはどのように扱われていたかというと、これがあまり重視されていなかった。なぜなら、中国の道教的な陰陽説では、男の原理である陽と女の原理である陰を巧みに交換することが健康と長寿の秘訣と考えられ、性交はもっとも確実な健康法であったから、より効率の劣るフェラチオが避けられたのは当然だったのである。

しかし、フェラチオに関するもっとも驚くべき習俗は、モーリス・ゴドリエが観察したニューギニアのサンビア族とバルヤ族のケースである。彼らの間では、精液はあらゆるもののうちで最高のエネルギー源であるゆえ、精液を飲むのはより力の強いものからパワーをもらうことと見なされる。

儀式を受ける若者は、男たちの家に入るとすぐ、年長者の精液を飲まされる。女よりも大きく強く、女よりも優れた人間に成長させるために、そして女を支配し導くことができるように、精液の摂取は数年にわたって繰り返される

しかし、反対に、年上の男が年下の男から精液を受けることはおぞましい行為とされ、成人同士のホモセクシュアルは厳しく禁止されていたのである。

さて、話は現代に飛ぶ。キンゼイ・リポート、ハイト・リポートを皮切りに、より完全を目指した様々なセックス・リポートが現れた現代において、フェラチオは男女によって、いかに受け止められているのか?

アメリカのリサーチ・イン協会は、異性愛の男女が好む性行為の統計を取り、それを一位から十位まで男女別に並べてみた。

その結果はというと、男の側では、「フェラチオでオルガスムに達する」というのが堂々第一位、「規則的に間を置いて体位を変えながら性交する」が第二位、「女性と肛門性交をする」が第五位、「基本的なクンニリングスをする」は第九位、第十位は「マスターベーションをする」である。

これに対し、女性のほうはというと、「クリトリスに軽いクンニリングスを受ける」が第一位、「指でクリトリスに軽いマッサージを受ける」が第二位、「男性の上に馬乗りになって行為をする」が第三位であるのに対し、「基本的なフェラチオをする」はドンケツの第十位である。

つまり、男も女も、相手から口で奉仕を受けるのは最高の快楽であるが、自分のほうからするのは、ちっとも面白くないという、はなはだ身勝手な結果が出たのである。

ならば、フェラチオとクンニリングスを同時にすれば、つまりシックスナインをすれば共に楽しめていいのではないかと思うが、意外や、これは上位には食い込めず。男性で第六位、女性で第五位。自分が奉仕するとなると気分も半減するらしい。

ここから、著者が導きだしたフェラチオの性愛学の結論は以下のとおりである。

ご承知のように、多くの女性はフェラチオをほとんど(というよりまったく)好まない。しかし、いったい何人の男性が認めるだろうか。フェラチオが男性にとって快楽の真髄となるのは、おそらく、自分に力があると仮定して、その力のシンボルを完全に称える行為となっているときであることを

しかし、女性が快楽を追求するタイプの女性向けポルノにおいてもフェラチオから入るのはどうしたことか? 女も淫乱系はフェラチオが好きなのか? まさか。男が好むことを最初にやってやれば、あとはいかようにも料理可能という計算が働くからにすぎない。フェラチオこそは性の男女非対称性の格好の例なのである。

【この読書日記が収録されている書籍】
オール・アバウト・セックス  / 鹿島 茂
オール・アバウト・セックス
  • 著者:鹿島 茂
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(258ページ)
  • 発売日:2005-03-10
  • ISBN:4167590042
内容紹介:
鹿島教授曰く「書評を通して日本のセックスのフィールド・ワークを試みたいと思った」意欲作。古今東西あらゆる分野のエロス本の書評を通じ、フーゾク、SM、AVなど、日本のセックスの驚愕の実情が明らかにされていく。紹介されるエッチ本は百数十冊―まさに空前絶後の“エロスの総合図書館”誕生である。

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