読書日記

鹿島茂|文藝春秋「エロスの図書館」|『永井豪♡けっこうランド』『トルクェーレ―拷問―』『春画 片手で読む江戸の絵』

  • 2017/10/14

エロティックなキューティーハニー

六本木通りの青山ブックセンターは、本好きのスノッブにはこたえられないアヴァンギャルドな本がそろっていることで有名だが、入って右側の棚(現在は店奥左にも)にあるエロティック関係本の充実ぶりも見事である。といっても、あるのは、いわゆるエロ本ではなく、あくまで、エロスに関しての本と高級なビジュアル本である。パリのムッシュー・ル・プランス通りには『スカラベ・ドール(黄金虫)』という専門店があったが、東京では青山ブックセンターだけが頼りである。

で、どんな本を買ったのか?まずタイミングのよい問題提起の書として『永井豪♡けっこうランド』(マガジン・マガジン 九五二円)を推す。なぜなら、近ごろグラフィック関係で独特の才能を発揮しはじめた若き男女の多くが「もっとも衝撃を受けた作品」として永井豪の「けっこう仮面」「キューティーハニー」「イヤハヤ南友」などを挙げているからだ。しかも、その影響というのがエロスの最も深い部分を直撃する体(てい)のものだったらしい。「らしい」というのは永井豪の作品が『少年ジャンプ』等の少年誌に掲載された七〇年代には、私はとうに可塑的年齢を越えていたから、少年少女の蒙った深刻なトラウマについては知るよしもなかったからだ。それが、永井豪の主要作を再録すると同時にその影響を追跡したこのムックで明かされて、初めてわかった。

永井豪けっこうランド  /
永井豪けっこうランド
  • 出版社:マガジン・マガジン
  • 装丁:ムック(239ページ)
  • 発売日:1998-05-00
  • ISBN-10:4906011381
  • ISBN-13:978-4906011384

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たしかに、この方面にはまったく鈍感になっている今の私が読んでも「けっこう仮面」や「イヤハヤ南友」は本当にスケベだ。というのも、掲載誌が少年誌だった関係で直接的な性交描写が回避され、その分のエネルギーがSMっぽい美少女いじめに向けられているからだ。そのため、世紀末に至ってもエロの質がいささかも古びていない。ヘビ責めあり、木馬責めあり、要するにSMの基本パターンはすべてそろっているのだ。これでは純情な少年少女がおかしくなるはずである。

収録の「リビドー師弟対談永井豪×西炯子」はそのあたりの事情をよく物語っている。同級生の男の子とマンガを交換して『少年ジャンプ』を借りた西炯子は、例の「顔をかくして、からだかくさず」の「けっこう仮面」に釘付けになる。ネコを解剖しようとする教師を美少女高橋真弓が制止すると、それではお前を解剖してやろうと、解剖台に拘束されて、次々に衣服をはぎとられていくというあの有名な巻である。
「返すのが惜しくて、なんとかして返すのを延ばそう延ばそうとして、二ヶ月ぐらい借りっぱなしにしたんですよ。そのあいだほとんど高橋真弓の解剖シーンばっかり見てて。返す日、すごい寂しかったですよ(笑)。それから例の解剖シーンを頭にインプットしまして、似たようなシーンを描いてみたのがマンガの描き始めだったんです」。巻末には西炯子自身がリメークした「けっこう仮面´98 美しき勇者」が載っている。さすが二十年以上トラウマにとらえられてきただけあって、こちらも十二分にスケベだ。

このムックには永井豪のマンガから生まれたフィギュア(人形)が紹介されているが、中で圧倒的にエロティックなキューティーハニーをつくっている空山基も確実に永井豪の影響から生まれた異端の才能である。

その空山基がハイパーリアリズムの筆で究極のSF的SMボンデージに挑んでいる画集が『トルクェーレ―拷問―』(作品社 六九〇〇円)

トルクェーレ―拷問 / 空山 基
トルクェーレ―拷問
  • 著者:空山 基
  • 出版社:作品社
  • 装丁:ペーパーバック(100ページ)
  • 発売日:1998-06-01
  • ISBN-10:4878933003
  • ISBN-13:978-4878933004

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これはすごいぞ! 発売と同時に売り切れというのも宜(むべ)なるかな。ヨーロッパのボンデージと日本の緊縛が融合し、これに隠し味として永井豪の変態、それに空山アートの精髄である金属的SFが加わって生まれたのがこの超SMの世界。日本のエロティック・アートもついにここまで来たかという感慨さえ浮かぶ。気がついたら、世界一、後に誰もいなかったというのが空山アートだ。「エロスの美術館」の二十世紀ギャラリーには、ベルメールやトゥルーユなどのあとに、同格の巨匠として空山基が並ぶことだろう。いずれ、「フジヤマ、ゲイシャ、ウタマロ、ソラヤマ」という言葉が誕生することはまちがいない。これ以上は言わない。とにかく、すぐ書店に直行することだ。さもないと手に入らなくなる可能性がある。

ウタマロといえば、今日では春画をハイ・カルチャーとして位置づけようとして、様々な口実を設ける動きが主流となっているらしいが、これに断固として反対し、春画をあくまでポルノグラフィーとして、つまり性幻想解読の素材として見直そうというのが、タイモン・スクリーチ『春画 片手で読む江戸の絵』(高山宏訳 講談社選書メチエ 一八〇〇円)である。

春画 片手で読む江戸の絵  / タイモン・スクリーチ
春画 片手で読む江戸の絵
  • 著者:タイモン・スクリーチ
  • 翻訳:高山 宏
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(320ページ)
  • 発売日:2010-07-12
  • ISBN-10:4062920042
  • ISBN-13:978-4062920049
内容紹介:
武士のお守り?性生活の手引き?いいえ、ポルノグラフィーです。独身男たちが溢れた江戸は、遊郭が栄え、艶本が数多板行され、男色も当たり前だった。枕絵、笑絵、危絵、美人画…。浮世絵の性化された画像を対象に、縦横無尽に議論する。春画を、「美術」ではなく、江戸の性の文脈で捉え直し、斬新な解釈を提示する。

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著者はまず問う。春画は何に使われていたのか? マスタベーションのため以外のなにものでもない。三人のうち二人が男だった独身男の都「江戸」では、売春文化とならんで手淫文化も花盛りだった。そのため、従来春画とは峻別されてきた役者絵や美人画でさえマスタベーションに使われていた。今日のアイドル写真集と同じである。

こう解釈するとなにが見えてくるのか?江戸の人間たちが抱いていた性幻想の構造である。なぜなら、春画に表現されているのは当時の性の実相ではなく、江戸の人間が欲情するための仕掛けだからである。たとえば、春画に、性器は大写しされていても、裸が描かれず、着物の描写のほうが多いが、それは高級な着物を着ている女は高級な遊女という約束事があったからであり、着物のほうが「【なま肌】の感触よりもっとそそるものとされた」からである。

また春画では衆道が女道と二項対立的なものとして見なされていないが、それは性的役割が固定されていなかったからである。すなわちヨーロッパの男色では男役女役が決まっているのに対し、江戸では「入れる役」と「入れられる役」は年齢によって変化した。「若い方が入れられたのだが、彼も年上になると入れる側になる」。男女のイメージではなく、主君と家臣のそれとしてとらえられていたからだ。三代将軍家光が顰蹙を買ったのもこの性の関係を守らなかったためだという。「彼は少年たちに入れてもらいたがったのであって、その逆でなかった点がうとまれたのであった」

二十世紀の永井豪や空山基も、ウタマロの春画と同じように、何世紀か後には、このような学術的解読の対象になるにちがいない。それだけ彼らの性表現は世界に類を見ないユニークなものなのである。

【この読書日記が収録されている書籍】
オール・アバウト・セックス  / 鹿島 茂
オール・アバウト・セックス
  • 著者:鹿島 茂
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(258ページ)
  • 発売日:2005-03-10
  • ISBN-10:4167590042
  • ISBN-13:978-4167590048
内容紹介:
鹿島教授曰く「書評を通して日本のセックスのフィールド・ワークを試みたいと思った」意欲作。古今東西あらゆる分野のエロス本の書評を通じ、フーゾク、SM、AVなど、日本のセックスの驚愕の実情が明らかにされていく。紹介されるエッチ本は百数十冊―まさに空前絶後の“エロスの総合図書館”誕生である。

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