対談・鼎談

『ヨーロッパ一等旅行』辻静雄|丸谷才一+木村尚三郎+山崎正和の読書鼎談

  • 2017/11/14
ヨーロッパ一等旅行 (新潮文庫) / 辻 静雄
ヨーロッパ一等旅行 (新潮文庫)
  • 著者:辻 静雄
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(232ページ)
  • ISBN:410127505X

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山崎 辻静雄さんという人は、わが国のユニークなる料理人――自称料理人ですから、むしろこれが尊敬の言葉だと思いますが――でありまして、早稲田大学の仏文を卒業し、読売新聞の社会部を経て、突如として料理人たらんと志した人ですが、いまやフランス料理の研究家として世界的権威であり、最近彼が書いた『フランス料理の歴史』は、重さ11キログラム、値段が十六万五千円、フランスにもそれだけまとまった歴史書はないというものです。そういう研究家が、日本の料理人の代表の一人である”吉兆”のご主人とその三人の息子さんを連れてヨーロッパへ旅行して、うまいものをさんざん食うというお話です。

フランス料理研究 (1977年) / 辻 静雄
フランス料理研究 (1977年)
  • 著者:辻 静雄
  • 出版社:大修館書店
  • 装丁:-(1440ページ)
  • ASIN: B000J8W9PM

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わたくしはこれを見て、一等旅行という考え方が、いまの社会にどう受け入れられるかはともかく、すくなくとも気概だけはもう少しあっていいんじゃないかと思ったんです。新聞のコラムによると、日本はいまチューチュー社会だそうで、みんなが中の中だと思って暮らしている。事実、かなり生活はよくなりました。特に食いものの水準からいえぱ、おそらく日本人は平均的にうまいものを食っているという点で、世界一だろうと思うんです。

これは、辻氏と話し合ったときにも出てきたことなんですけど、たとえばイタリアの国鉄の職員さんは日頃どんな弁当を食っているか。ぼくはじかに見ましたけど、干からびたパンとキュウリ一本と水ですよ。

そのかわり貯めに貯めて、一年にいっぺん、ものすごい贅沢をする。そこにはやはり、ヨーロッパ社会の褻(け)と晴(はれ)が生きていると思うんです。ですから、日本人ももう少しチューチュー文化ではなくて、こういう一等旅行もいいのではなかろうかと思って、これを推薦した次第です。

木村 わたし、フランスに行って最初に大学寄宿舎の管理人の家へ夕飯に招ばれたわけです。さあ、生まれてはじめてフランス料理が食えると思って行きましたら、まず、野菜のポタージュが出まして、そのあと、ソーセージをチョンチョンと切って「さあ、お食べ」ときたから、まあ、これはオードブルだろうと思ったわけですね。そうしたら、これでおしまい。「セ・トゥ(これで、全部)」というやつですね(笑)。

エスカルゴでも、その管理人がいうには、庶民は年に一度くらいしか本物は食べられない。本物というのは、罐詰ではなく、カタツムリを捕ってきてバケツの中へ入れて一週間くらいかかって調理する料理ですね。

その本物が、この本にはある。本物志向というのは最近日本でもわりと強くて、この本は女のコに売れているんだそうです。いま、ニセ・ヨーロッパ文化がはやっている反面、これに飽き足らない、あるいはこれに反援する傾向も強くなりつつあるんでしょう。

丸谷 いままでのヨーロッパ案内書は、ヨーロッパのその局面を知らない日本人が書いた。たとえば、ヨーロッパの社会を論じても、ヨーロッパの子供の育て方なんかはだれも書いてない。その方面について研鑽を積んだ入がぶつかって書いたというのは、これが初めてなんじゃないのかな。だから、非常に信頼できるし、それに、自分が行くより、しかるべき専門家を派遣して本を書いてもらって、それを読んだほうがおもしろいな、という感じがしました。第一、安上りだし……(笑)。

山崎 彼はここでサービスの問題をいっているわけですね。ヨーロッパのウェイターは一つの独立した技術的職業であって、単に料理を運ぶ人間ではない。その技術に対して独立した費用を払うというのがチップである。日本にチップがないというのは、一見、美風だけれども、それは料理の費用の中にごまかしで入っているために、いつの間にやらウェイターは独立した職業意識をもたなくなった。

このことは単にホテルなどのウェイターだけの問題じゃないんですね。日本では、人の気持をエンターテインするということが非常に軽蔑されている。社交上手な奥さんというのは悪い奥さんで、会社の中で社交の上手な奴は、おべっか使いだといわれる。その点で、著者がサービスの芸について目を向けているあたり、なかなかの文明批評だと思うんです。

木村 フランスをはじめヨーロッパの人たちは、食べるということをいかに大切にするかということですね。ことにおもしろいと思うのは、辻さんがフランスの料理人を日本に連れてきて日本料理を食べさせる。次々と違った品が少しずつ出てくるわけですね。すると辻さんが向こうへ行ったとき、その料理人がフランス料理を同じような形で出してきた。これはむしろ、フランス料理の日本化で、こういう相互作用というのは、これから大いに起こってくると思うんです。

山崎 それはすばらしいですよ。いまお話しになったのは、ニニョンという料理人がいて、これ以来の変化で、それ以後のフランス料理をヌーベル・キュイジーヌ・フランセーズというそうです。彼がめざしたものは、掘りたてのジャガイモをいかにうまく食わすかということなんですね。ということは、日本料理の精神でしょう。

木村 わたし、じつは、ヌーベル・キュイジーヌなるものを知らないで、南フランスでこれにぶつかったわけです。サラダを注文したら、丼鉢にニンジンとかレタスとかカブとか朝鮮アザミとかが、いま畑から掘ってきましたというそのままの形で突っこんである。大きな皿にナイフとフォークがありまして、つけ汁をポンと置いて「さあ、お食べ」ときたわけです。生のニンジンをナイフとフォークでどうやって食べるか。エイ、ヤツとニンジンを切ろうとしたら、バーンと通路に飛び出しちゃった。ウェイトレスが下を見ずに歩いていますから、いつかつまずいてひっくり返るんじゃないかと思って、気が気じゃなくてね(笑)。あとでフランス人に訊いてみたら、手でグッと葉っぱのところを握って、つけ汁につけて、ガリガリッと食べて、残りを皿に置けばいいんだというわけです(笑)。まったく、くやしい思いをしたんですけど、ヌーベル・キュイジーヌはある意味で野蛮に帰るという意味もあるようです。

丸谷 なるほど、ルソーだな(笑)。

一つ、書き方に疑問があるんです。辻静雄というフランス料理の専門家が日本料理の専門家を案内してヨーロッパに行くというスタイルでしょう。だったら、もっと旅日記に徹してもらいたかった。旅日記の趣向とヨーロッパの料理案内という趣向と、二つをこちゃまぜにしているものだから、吉兆の主人を案内しなかった料理屋の話が出てきたりして、どうも話がゴチャゴチャしている。

二冊の本にして書くべきものを一冊の本にして書いた。それは、さながら二晩の食事を一回でやってのけるようなものじゃないか(笑)。

木村 でも、ギリシア、ローマ以来の料理法の発達についてたいへん学識が深くて、この方の料理の本は安心して読めますね。

丸谷 そうなんですよ。たとえば、

小魚を頭からパリパリと全部平らげてしまうのは、日本の鮎などと同じこと。あの頭やワタのにがいところが口の中にひろがっていくのを楽しむもの。鮎もわざと”苦だま”といわれるところが大きくなったのを、敢えてつぶして食べるのだが、この苦みが蓼酢に、これまたよく合うのは誰しもが知っている筈である。それよりも西洋の料理と掛け離れて違うのは、日本の食べものの酸っぱみだろうか

この東西の味を一筆書きで書いたところなんかは、決してくどくなくて、しかも味の愉しみを的確におさえているでしょう。なかなかの筆力だと思いますね。その筆力というのは、辻静雄の文章の才もあるけど、しかしそれ以前に、東西の味の比較なら自分が世界でいちばん詳しいんだという、自信のせいなんじゃないか。

山崎 そうですね。ただ、彼はいろいろな才能を持っている人なんですよ。たとえば、アムステルダムのホテルのスウィート・ルームでレヴィ・ストロースの『構造人類学』を読みながら何時間か過ごした、というようなことが書いてある。本当はそこらへんも聞きたいわけですよね。

話は別ですけど、構造主義というのは、たいへん大きな文明の変化を示していると思うんです。その前に流行した思想は実存主義で、これは徹底的にセックスなんですが、構造主義では徹底的に食い気なんです。色気から食い気への変化がある(笑)。だから、そこのところは、ちゃんと書いてほしいし、書ける人なんですがね。

丸谷 この次は睡眠の哲学だというのが、ぼくの説なんです(笑)。

木村 これはフランス革命のお蔭と書かれていますけど、味というものが大ぜいの人の舌によって磨かれているというヨーロッパ文化の特質をふまえながら、日本の料理文化に対する批判もしているんですね。

いままでの日本の食べ方は、ひっそりと人目を背に受けながら食べていた。そういう料理文化も一つの伝統的な芸術の極致なのでしょうが、同時に大ぜいの舌によって磨かれたヨーロッパ料理のよさを、これから取り入れなければいけないわけで、そういう批判の意味にもなっているんじゃないかと思うんです。

山崎 たしかにヨーロッパ文化、特に食生活の文化というのは、かつての階級制の名残りなんだろうと思うんです。しかし、われわれがここから汲み取るべきものは、いまのチューチュー文化の持っているある種のいぎたなさに対する批判の一石だということですね。

木村 一等旅行をすることに対して、この著者は、申し訳なさとか、てらいとかがない。そういうところが非常にいい。

山崎 ただ、本質的にはないんだろうけれども、最初の文章あたり、気がねがありすぎるんですよ。そういうこといわないで、開き直って一等旅行でいいじゃないかという気もするんですけどね。

丸谷 あれはやはり、日本の文筆業者のまねですよ。でも、序文とかあとがきとかいうのは、むずかしいんだ。ああいうものは書かないほうが賢いんです(笑)。

【この対談・鼎談が収録されている書籍】
鼎談書評 (1979年) / 丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
鼎談書評 (1979年)
  • 著者:丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:-(326ページ)
  • ASIN: B000J8ET3C

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初出メディア

文藝春秋

文藝春秋 1977年11月11日

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