コラム

‶食”の本を吟味する――宮本美智子・永沢まこと『イタリア・トスカーナの優雅な食卓』草思社 ほか

  • 2017/10/23
食べることは、そもそもヒトの基本的欲求であり、生死にかかわる行為である。つまり、「食」とは生きるための原点であり、生活におけるもっとも身近な行為である。飽食ニッポンなどといわれているが、今回は、「食」の本を吟味してみよう。

宮本美智子・永沢まこと『イタリア・トスカーナの優雅な食卓』(草思社、1800円)は、トスカーナの大自然の中での生活を「食」を中心に描いている。借り受けたヴィラの周囲は一面の田園風景で、野菜畑や葡萄畑が広がっている。朝はバジリコ、レタス、ルーコラ、ラディッキオなどを摘んでサラダを作り、大家さんから分けてもらった自家製オリーブ油をパンにつけて食べる。新鮮な野菜やチーズ、パスタなど食の描写がじつに巧妙で、思わず舌なめずりをしてしまう。「畑で採ったばかりのレタスやルーコラをレモンと自家製オリーブ油と自然塩でさっと和えただけのグリーンサラダ」「新鮮なズッキーニとトマトをたくさんのせたピッザとフェトゥチーネ」といった調子で、料理が紹介されている。読んでいるうちに、トスカーナでともに自然に満ちあふれた食生活を堪能しているような気持ちにさせられる。

イタリア・トスカーナの優雅な食卓―Living in Toscana / 宮本 美智子
イタリア・トスカーナの優雅な食卓―Living in Toscana
  • 著者:宮本 美智子
  • 出版社:草思社
  • 装丁:単行本(207ページ)
  • ISBN-10:4794205546
  • ISBN-13:978-4794205544
内容紹介:
ヨーロッパ随一の田園風景、トスカーナ。伯爵家のヴィラを舞台に、快適な食と生活のすべてを探求する。香り立つ葡萄の収穫から、伯爵家自慢の食卓まで、シンプルで芸術的なイタリア料理の真髄に迫る。

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嵐山光三郎『素人包丁記 ごはんの力』(講談社、1500円)は、文字通り「食」の実践編といえる。いますぐに台所に立って包丁を握りたくなる。著者の奇想天外な発想は、「焼きそばサンドがあるんだから焼き飯サンドがあったっていい」などといった具合に、常識では考えられないような料理を生み出していくのだ。たとえば、イカのマヨネーズあえ、飯つぶで作るキャビアなど、想像力を駆使した料理が並んでいる。味の方もまんざらではなさそうである「飯茶腕に4分の1ほどごはんを入れ、警油、洋芥子、マヨネーズであえて食パンにはさむと、これがまたうまいんですね」という。

素人庖丁記  / 嵐山 光三郎
素人庖丁記
  • 著者:嵐山 光三郎
  • 出版社:武田ランダムハウスジャパン
  • 装丁:文庫(224ページ)
  • 発売日:2008-01-07
  • ISBN-10:4270101539
  • ISBN-13:978-4270101537
内容紹介:
タケノコ調理の究極は尺八の煮物にあり?カレー料理を突き詰めると、カレー風呂に行き着く?常人の料理の枠を超えて挑むのが素人庖丁の心意気。男子の入る厨房は冒険と度胸と奇想とそして危険がみなぎっているべきだ!笑いながらも実践に役立つこと請け合いの稀代の料理本。講談社エッセイ賞受賞。

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〝料理本〟に飽きたなら、「食」の文化について考えるのも一興だろう。それには、辻静雄『料理に「究極」なし』(文藝春秋、1500円)が最適だろう。フランス料理の研究、普及に尽力したことで有名な故辻静雄氏は、料理を美味しく味わうためには、よい仲間がいて、健康で心配ごとがないこと、そして忙しいことをあげている。忙しくとも、食べるときだけはふっと我に返り、食べものに神経を集中する。この集中力が食物をおいしく味わわせてくれるからだという。「料理というのは、そういう会話の媒体だと思うのです。会話、つまり人間ですね。やっばり。そういう人と人との出会いをつなぐものが、料理なのです」と、「食」の哲学を語っている。また、「人間が自己の本能、つまり味覚に忠実に生きていく限り、ただの食べ物としての料理は、多様な時代の影響を受けながらも、その場限りの自己満足に徹していくしかない」と、今日の飽食ニッポンを鋭く批判している。

料理に「究極」なし  / 辻 静雄
料理に「究極」なし
  • 著者:辻 静雄
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(269ページ)
  • ISBN-10:4167358034
  • ISBN-13:978-4167358037

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山本容朗編『清貧の食卓』(実業之日本社、1600円)は、文豪、作家、料理人たちの食のアンソロジーである。北大路魯山人の「お茶漬けの味」、 色川武大の「肉がなけりゃ」、向田邦子の「海菩巻の端っこ」、壇一雄の「大正コロッケ」など、その人となりの味が滲み出たエッセイが集められている。読んでいて、「食」に対する人それぞれの思い入れが心に響く。

清貧の食卓―文人グルメが明かす美味の原点  /
清貧の食卓―文人グルメが明かす美味の原点
  • 出版社:中央公論社
  • 装丁:文庫(268ページ)
  • ISBN-10:4122032644
  • ISBN-13:978-4122032644

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「食」文化について考えるうち、人間にとって食べるということは、いかなる意味を持つのか。それは、単に生きるためなのか、あるいは何か特別の意味を持っているのか、という基本的疑問が湧いてくる。そうなると、「食」の根源的ルーツを知りたくなる。そのヒントを与えてくれるのは、動物の「食」の生態だろう。

中川尚史『サルの食卓―採食生態学入門』(平凡社、2800円)は、ニホンザルを中心としたフィールドワークをもとに、サルの採食生態を研究しながら、「食」にまつわる生態学を解き明かしている。たとえば、サルもヒトと同じように一日の採食にリズムがあるのかどうかを調べている。「彼らは朝空腹の状態で目覚めるので、起きてからすぐに採食を開始し、ある程度腹が満たされれば休息してその間に食物を消化し、それが済めばまた食べ始めるようだ」という。サルがいつ、何を、どのように食べているかを調査することによって、動物の行動がいかに「食」に左右されているかがわかる。食べることは動物が生きるために何よりも重要な条件であることをあらためて納得させられる。

サルの食卓―採食生態学入門  / 中川 尚史
サルの食卓―採食生態学入門
  • 著者:中川 尚史
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(285ページ)
  • ISBN-10:4582546234
  • ISBN-13:978-4582546231

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それから、「食」のルーツを考えるうえで、どうしても避けて通ることができないのが、人間にとってタブーのカニバリズムだろう。ブライアン・マリナー、平石律子訳『カニバリズム 最後のタブー』(青弓社、2884円)は、まさに格好の書物だ。宗教祭祀としての人食い、必要に迫られた人食い、経済的理由からの人食い、快楽のための人食いなどをエピソードをまじえて紹介し、「食」に対するもう一つ別の見方があることを強烈に論じている。「もっとも、わたしはこれまでの人生でとことん空腹であったことも飢えたこともない。だから、もしそういった状況に陥ったとき、仲間を食べたいと思うかどうか、 本当は分からないのである」と、著者は語っている。

カニバリズム―最後のタブー / ブライアン・マリナー
カニバリズム―最後のタブー
  • 著者:ブライアン・マリナー
  • 翻訳:平石 律子
  • 出版社:青弓社
  • 装丁:単行本(279ページ)
  • 発売日:1993-11-01
  • ISBN-10:4787230700
  • ISBN-13:978-4787230706
内容紹介:
儀礼、復讐、飢餓、商売、嗜好、悦楽……。世界各地の記録をたどりながら、有史以前の風習から現代を跋扈する食人鬼へと連綿と受け継がれながら文明に封印されてきた人類の暗黒の欲望を暴く、衝撃のカニバリズム論。食人の心理とは?

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小説すばる 1994年8月

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