書評
『カニバリズム―最後のタブー』(青弓社)
人肉食への過程が赤裸々に
カニバリズムといえば、ちょっとシャレた感じになるが、人肉食とあからさまにいうと、ヘドが出そうな気分になる。いま食事前の人には、この本もこの書評も読んでほしくないと、私も思う。だがそうはいっても、人類は早晩、このカニバリズムの問題に直面することになるのではないかと、不安に襲われる。地球の砂漠化、資源の枯渇、そして人口爆発。われわれはそれをいつまで対岸の火災視できるのか。文明の隠れみのにかくれて生きていけるのか。
本書の著者は強盗罪で五年のあいだ服役した過去をもつイギリス人。出所後、犯罪心理に興味をもち、自分の刑務所生活を描いた自伝的作品や、犯罪者の心理を追求した作品を数多く発表している。
関連資料の博捜ぶりがただごとではない。その上、事件の再現と解読が迫真的ときている。狂気の行動や犯罪の勘どころに通達しているというほかはない。これを読んで犯罪心理学者や逸脱社会学者なんかは、いったい何というだろう。
第一章が「人食いの風習」。南北アメリカ、アフリカ大陸、太平洋諸地域などで収集された材料を基に、主として儀礼的食人の諸相が文化人類学的タッチで解剖されている。第二章が「必要に迫られた人食い」で、遭難と飢餓に追いこまれたときに発生する事件がドキュメンタリーの手法で明らかにされる。第三章が「利益のための人食い」で、人肉の食品化による偏執的な経済行動が主題となる。が、圧巻は何といっても最終章の「悦楽の人食い」。ここでは連続殺人事件が誘拐、レイプ、暴力のはてに人肉食に行きつくプロセスが赤裸々に描きだされている。それはほとんど現代社会の黙示録を思わせるほどであるが、叙述の行間にサディズムの匂いが立ちのぼるところが気にかかる。やはりカニバリズムを論ずるためには、同時に自己を食べる(=食を断つ)情熱を用意しておくだけの精神の強靭さが必要なのではないだろうか。