書評
『老年漂流―安住の地を求めて』(海竜社)
たくましき「自立への曲折」
にぎやかな老いである。元気のよい老年だ。そして苦いペーソスとの二人三脚……。これは七十歳をとうに越した著者が、夫とともに、降り坂の老年と四つに取り組み悪戦苦闘したあとを赤裸々に、正直に書き綴(つづ)った、いわば私小説的なドキュメントである。
四十年住みなれた東京の家に娘夫婦が同居してきて、孫も生まれ育った。理想的な二世帯家族へと安堵(あんど)の胸をおろしたのもつかの間、娘の不倫でたちまち離婚、娘は孫二人をつれて家を出て、新しい男のもとにいってしまう。
いたし方なく老夫婦も心機一転、終(つ)いの住処ときめたはずの家を売って、田舎の海辺に新しい家を求めて二人暮らしをはじめた。美しい自然の中で、と思ったのだが、その目算はたちまち破れてしまう。田舎は乗りもの買いもので極度に不便なことを思い知らされ、そのうえ村びとからは徹底的によそ者扱いされてしまう。孤独を楽しむ、などといった甘い夢はたちまちふっ飛んで、わずか四年住んだだけでその家も売ってしまう。ようやく社会的な話題になりはじめた有料老人ホームに入ることを決意したからだ。
だが、もちろん、そこもまた安住の地というわけにはいかない。ホーム経営者の善意、看護婦や介護者たちの努力、厨房(ちゅうぼう)責任者の涙ぐましい配慮など、一見いたれりつくせりの環境にみえながら、しかししだいに老いていく入居者たちの日常生活は、著者夫婦の場合も含めて、争いや誤解が渦巻いて紛糾し、不平や疲労が蓄積していく。
その曲折のはてに、ついにそのホームも捨てて、老夫婦二人だけでマンション暮らしを決意するところで、この出処進退の鮮やかな漂流記は終わっている。著者は後段で、「なんと愚かな私たち老夫婦だろう」ともらしているが、自立、自立と心に叫びながら、思うところをズバズバいって生きていくたくましさは元気はつらつとしている。これから老年を漂流しようと思っている人びとにとって、この書が一服の清涼剤であることは間違いない。
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