書評
『評伝シーボルト―日出づる国に魅せられて』(講談社)
難局に誠実に対した人間像
本書の主人公シーボルトについては、その名が知られている割には、生涯や事蹟(じせき)はかならずしも明らかにされてはこなかった。十三世紀に中国までやってきたマルコ・ポーロは黄金の国ジパングを幻想しただけであったが、十六世紀に来日したザビエルやフロイスはキリスト教の伝道を目標にしていた。
それからさらに一世紀が経つ。ドイツ人ケンペルが医師・博物学者として来日、長崎のオランダ商館を窓口にしてわが国の社会・政治・宗教を観察し、動植物の採集もおこなって「日本誌」を著した。西欧における日本学に新紀元を画す作品であったが、その伝統を直接に受けつぎ、幕末のわが国に渡って日本研究の分野をさらに拡大したのがシーボルトであった。かれもまたケンペルと同じく、ドイツ人医師にしてオランダの日本貿易にかかわり、植民地インドネシアを足場にして仕事を始め、開国期の日本において細心にして大胆な研究活動をおこなっている。その門弟からは高野長英などの逸材が輩出したが、他面、当時のロシアやアメリカの極東政策にも通じ、裏側の外交交渉にも関与した。
かれは滞日中、博物や地誌に関心を寄せ、本格的な測量をおこなうとともに各種の地図を収集したが、やがてスパイの嫌疑をかけられて「シーボルト事件」をおこす。国内における研究上の協力者や門弟に禍いが及び、かれ自身も離日を余儀なくされた。その難局に誠実に対応しようとした行動が生き生きと記されているところが、本書の圧巻の一つになっている。その外、二度目の来日に一緒につれてきた長男アレキサンダーが、その後たくましい外交官に育っていく経緯を明らかにしている点も興趣をそそる。だが最初の滞日中、日本人女性、其扇との間に一女、いねが生まれているが、その前後のいきさつについて簡単にふれられているだけなのが惜しまれる。
訳文はやや生硬だが、シーボルトについて均衡のとれた伝記が翻訳・紹介されたことをまずは喜びたい。真岩啓子訳。
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