作家論/作家紹介

【ノワール作家ガイド】ジョゼ・ジョヴァンニ『穴』『おとしまえをつけろ』『墓場なき野郎ども』

  • 2018/01/09
ジョゼ・ジョヴァンニは一九二三年、フランスはコルシ力島に生まれた。フランス国内でも、僻地の部類に入るコルシ力島は、元来まつろわぬ者たちの住む場所であり、フランス中央政府からの統制に対して極めて反抗心が強い。ジョヴァンニの場合も学業を放棄して登山ガイドとなり、レジスタンス活動に身を投じている。第二次世界大戦終了後は暗黒街の住人となり、幾度も刑務所生活を繰り返している。一九五八年に発表された処女作『穴』は、彼がバリのサンテ監獄に収監されていたときに脱獄を図った経験をもとに書き下ろされたものだ。執筆を最初に勧めたのは、彼の弁護士である。

ジョヴァンニのノワールは、男の孤独を書く小説である。ただの孤独ではない。敵に追われ、司直に追われ、まったくの寄る辺なき存在として暗黒街に巣喰う、犯罪者の孤独だ。ジョヴァンニ自体がそういった存在であった。コルシカ島というフランス社会の辺境地で生まれ、レジスタンスの闘士として働いたものの、戦後は行き場を無くして暗黒街に吹きだまるしかなかったからである。そういった存在だからこそ、心の通じ合う真の友を必要とし、時には友情に殉じるために命まで投げ出そうとする。そういった男たちの孤独と、真の友情に対する飢餓が、彼の小説の底流になっている。

端的な例が処女作の『穴』だろう。サンテ監獄の床下を掘リ進み、サンテ地下道から脱出する、わずかな希望に向かって囚人たちは泥の中を這いずり、土くれにしがみつき続けるのだ。

『穴』、これは見事な題名だ。一語にして物語のすべてを言い尽くしている。懸命に掘り進んでいく「穴」は、見えない明日、どん底の今の見事な暗喩になっている。そして小説全体に漂う黴臭さ、じめじめとした湿気の気配、地下道に充満する男たちの獣じみた体臭、光を失った地下で血ばしった眼球、土を掻きこんで薄汚れた爪。そういったことどもが、この一語に結集されているのである。ただひたすらに明日を夢見た同士の間に芽生えた友情と、悲惨な裏切り劇。ここまで熱く友情を希求していながら、冷たい裏切りによって世界を瓦解させる酷薄さこそが、ジョヴァンニ・ノワールの真骨頂であろう。

一九五〇年代のロマン・ノワールは、ようやくアメリカン・ハードボイルドの模倣形から抜け出したばかりだった。先人のアルベール・シモナンともども、ジョヴァンニがオリジナルの暗黒街小説を完成させたのである。そこにはやくざ者の隠語で語る、やくざ者が描かれていた。五八年のジョヴァンニは、驚くほどの速さで次々と新作を発表している。『おとしまえをつけろ』『墓場なき野郎ども』『ひとり狼』、これだけの作品がわずか一年の間に刊行されたのである。これは単なる創作意欲のなせる業ではない。『穴』がジョヴァンニ自身の体験を元にした小説だとすれば、『おとしまえをつけろ』以下の作品は、いまだ暗黒街にいるジョヴァンニの友への挽歌として捧げられたものだったのである。『おとしまえをつけろ』で逃亡脱獄囚として友を救いに来るギュはその当時ニームの中央刑務所に服役中であったし(本の出版後、没)、『墓場なき野郎ども』の逃走劇の主人公アベルもまた実在の人物だった。

ジョヴァンニの小説が胸に迫るのはそれゆえである。描かれた虚構はいかなる場合でも現実世界と触れ合うことはないが、ただ小説という夢想で描かれたときにのみ、世界をゆるがすほどの力を持つことができる。ジョヴァンニはその可能性に一縷の望みを託してこれらの小説を書いたのではなかろうか。

ジョヴァンニの小説がもっともよく読まれている国は、フランス以外ではおそらく日本だろう。これにはジョヴァンニという素材の優秀さの他に、彼の初期作品がすべて映画化され、日本でも公開されているなどの事情がからみあっていることだろう。だが、もっとも大きな理由は、故・岡村孝一の名訳である。ジョヴァンニの日本語訳は岡村以外に考えられないというほど、文体と物語が有機的に結びつき、多くのファンの心をとらえたのである。

その影響は大きく、六〇年代に岡村訳ジョヴァンニに触れた作家が八〇年代以降に多くのオマージュ的作品を生み出している。北方謙三、藤田宜永、そして馳星周。中でもパリで長期にわたって暮していた藤田には、コルシカ島のやくざ小説である『瞑れ、優しき獣たちよ』や、そのものずばり岡村ジョヴァンニを意識して書いたと宣言している『さもなくば友を』という作品がある。

残酷な言い方をすれば、作家としてのジョヴァン二が真の輝きを見せていたのは五〇年代までである。すなわち極めて短いのだ。五九年にジャック・ベッケル監督の『穴』で演技指導したのをきっかけとして映画に関する興味を示し始め、六〇年『生き残った者の淀』でついに自ら監督に乗り出すからである。以降他の作家のノワール作品などを手がけ(ジョン・カリックの原作を映画化した『ヴェラクルスの男』など)、以降次第に映像の方へと重心を移していくことになる。

小説執筆の最初の中断は六〇年から六三年までで、一九六四年に復帰して『オー!』を書くが、以降はまた映画界の方へ接近していく。七〇年代に入ってから書かれた『流れ者』などの小説は、本来のノワール的要素に冒険小説的要素を折衷させたものであり、却ってジョヴァンニの持ち味を損なう結果となった。

だが、映画とのコラボレーションによって人材の交流が図れたという経緯もあり、フランスのノワール界全体から見れば、偉大な功績者といえるだろう。また、岡村訳の小説と同様に、彼の映画が邦画ノワールに与えた影響もはかり知れないものがある。

【必読】『穴』『おとしまえをつけろ』『墓場なき野郎ども』『ひとり狼』
穴  / ジョゼ・ジョバンニ
  • 著者:ジョゼ・ジョバンニ
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:新書(276ページ)
  • 発売日:1970-02-25
  • ISBN:4150011044

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おとしまえをつけろ  / ジョゼ・ジョバンニ
おとしまえをつけろ
  • 著者:ジョゼ・ジョバンニ
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:新書(310ページ)
  • 発売日:1968-10-15
  • ISBN:4150010544

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墓場なき野郎ども  / ジョゼ・ジョヴァンニ
墓場なき野郎ども
  • 著者:ジョゼ・ジョヴァンニ
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:新書(338ページ)
  • ISBN:4150011303

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初出メディア

ユリイカ

ユリイカ 2000年12月

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