読書日記
アガサ・クリスティー『春にして君を離れ』(早川書房)、関川夏央『寝台急行「昭和」行』(中央公論新社)、冨手淳『線路はつながった-三陸鉄道 復興の始発駅』(新潮社)
人生の線路で立ち往生
アガサ・クリスティーには、当初全く別の名前で発表された数冊の作品があります。殺人が出てくるミステリーではない、人間ドラマを描いたそれらの作品が私は好きなのですが、中でも傑作は<1>『春にして君を離れ』(中村妙子訳、ハヤカワ文庫・734円)。バグダッドに住む娘を訪ねたイギリス人中年女性がロンドンに戻る途中、汽車の不都合により砂漠の町で数日間の足止めを余儀なくされます。読む本すら無い中で、彼女は自分と向き合うしかなくなり、その結果…。自分の胸に開いた暗い穴を覗(のぞ)き込むような気分になる結末が、待っています。
『オリエント急行の殺人』など、鉄道使いも上手だった著者。人生の途中で、そして線路の途中で立ち止まった時に見えてくるものを、恐ろしいほど鮮やかに描き出すのでした。
線路はしばしば、私たちを過去へと連れていってくれるわけですが、<2>関川夏央『寝台急行「昭和」行』(中公文庫・907円)が漂わせるのは、昭和のにおい。新幹線0系、寝台特急「はやぶさ」といった、昭和を思わせる列車の乗車記ばかりではありません。
様々な路線を忙しく乗りまくった後には、高度経済成長期のサラリーマンが覚えていたであろう「多忙という満足」に思いを馳(は)せる。見知らぬ者同士が鉄道の中で声を交わすのは当たり前の光景であったのに、それが変わったのは昭和33年にビジネス特急「こだま」が登場した辺り…。列車に揺られながらの著者の思索は、読者を旅先へ、そして昭和へと連れていってくれるのであり、列車はタイムマシンでもあることに気づかされるのでした。
過去へ進む列車もあれば、未来へと走る列車もあります。関川さんの書には「三鉄」こと三陸鉄道の乗車記が収められていますが、その後の東日本大震災で、三鉄は甚大な被害を受けました。しかし多くの困難を乗り越えながら、三年がかりで全線で運転再開。三鉄社員の冨手淳(とみてあつし)さんが、復旧までの日々を記したのが<3>『線路はつながった-三陸鉄道 復興の始発駅』(新潮社・1,296円)です。
諦めずに努力を積み重ねていくことにより、三鉄の線路はつながりました。しかしそれで終わったわけではありません。沿線の人口減等、問題は山積。三鉄はこれからも、未来を切り拓(ひら)きながら、走ってゆくのです。
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