読書日記

アルベルト・マンゲル『図書館 愛書家の楽園』(白水社)、佐藤 彰一『剣と清貧のヨーロッパ 中世の騎士修道会と托鉢修道会』(中央公論新社)

  • 2018/07/07

週刊文春「私の読書日記」

×月×日

鹿島はいろいろなものを集めたあげく、最後は書評を集めるようになったのかと陰口を叩かれながらも、無料書評閲覧サイトALL REVIEWSをスタートさせてからほぼ一年になる。参加された書評家はすでに一〇〇人近く、収録書評は二二〇〇を超えた。第一段階の目標である量的拡大は達成できたので、書評家への還元を果たすためにPV(ページ閲覧)数を増やさなければならない。ただ、ALL REVIEWSも知名度だけは高くなったらしく、オリジナル書評はしていないにもかかわらず出版社から寄贈本が山のように送られてくる。こんな調子では、いくら広いところに移ってもすぐに書庫は満杯になってしまうだろう。

アルベルト・マンゲル(他の著作ではマングェル)『図書館 愛書家の楽園』(野中邦子訳 白水社 3700円+税)は二〇〇八年に出たものの新装版だが、集書家が抱えている切実な悩みと快楽についてこれほど見事に語りきった本はめったにない。

まず表題だが、原題はThe Library at Night。ライブラリーという言葉はフランス語ならビブリオテークに当たり、書棚→書庫→図書室→図書館というように本が集まって保管されている空間すべてを指す。つまり本のたくさんある空間に夜ひとりでいるときの悦楽とある種の懊悩を意味している。

ブエノスアイレスの書店で勤務中、盲目のボルヘスと知り合い、本読み係として雇われ、ボルヘス的な宇宙に深く入り込んだ著者は二〇〇〇年、ついに夢をかなえてフランス・ロワール渓谷の丘に理想の書庫兼書斎をつくる。冒頭で語られている次の言葉に本書のテーマは要約されている。

昼のあいだ、書斎は秩序に支配されている。(中略)そこは迷うためではなく、発見のための場所である。分割された空間も、明らかに論理的な分類に従っている。本の配置は、あらかじめ決められたテーマ別か、覚えやすいアルファベットや数字の順番に並んでいる。

だが、夜になると雰囲気は一変する。(中略)夜になると、蔵書目録の定める秩序はもはや通用しない。(中略)ある本の一節から、記憶の片隅に押しやられていた一節が浮かびあがるが、その連想がどこから来るのか、昼の光のもとでは説明できない。朝の書斎が見通しのきくまっとうな世界秩序をあらわすとしたら、夜の書斎はこの世界の本質ともいうべき、喜ばしい混乱をことほいでいるように思える。

すなわち、本が別の本と隣りあった瞬間、そこには「秩序付けのベクトル」と「秩序逸脱(むしろ潜在的なレベルでの万物照応)のベクトル」が自動的に生ずるのだが、本の所有者ないしは保管者は本の本質に根差すこの二律背反的な傾向をなんとか統合しようと試みて、もがき苦しむ。そこから書棚→書庫→図書室→図書館の「思想」ともいうべきものが所有者(保管者)の数だけ生まれてくるのだ。

本書はアッシュール・バニパル王の書庫、アレクサンドリア図書館などに始まって、現代のバーチャル図書館に至るまで古今東西の書棚→書庫→図書室→図書館の歴史を縦横に経巡りながら、秩序と逸脱という集書に内在するアンビヴァレントな本質に迫ったものだが、どのページを開いても、ふーむと唸ってしまう考察がちりばめられている。

たとえば古代エジプトにアレクサンドリア図書館が建設された理由。それは「エジプトが不死を求めたことである」という指摘。建設者の王にとって「いつの日か指定のページを開くかもしれない読者がいれば、(中略)詩の一行、寓話の一文、エッセイの一節によって、わが存在は正当化される。その一行を探しだせ。そうすれば、不死が得られる」。

なるほど、ミッテランにしろカーネギーにしろ、冠図書館への過度のこだわりは不死への欲求から生まれたものなのだ。しかし、意図は別にしても、「その一行」を未来のだれかに探しだしてもらうには、探索方法をあらかじめ確立しておかなければならない。

かくて、膨大な本の整理と分類の方法の探求が始まるのだが、この図書分類法の歴史もまた本書の読み所の一つである。現在、ほとんどの図書館で採用されている一〇進分類法の発明者デューイは主題とは無関係にアルファベット順に並べる方法が気に入らず解決法を昼夜求め続けた結果、ある日、「自分の席で跳びあがり、もう少しで『わかったぞ(ユリイカ)!』と叫ぶところだった」。

しかし、どんなに完璧に思える分類法であろうと、蔵書の絶対量を減らすことにはならないから、新媒体が生まれると、マイクロフィルム化、次にはデータ化が図られる。問題は、ディスクは七年、CD―ROMは一〇年というデータ媒体の寿命であり、コンピューター機材の旧式化である。BBCは二五〇万ポンドを費やし、一〇〇万人以上を動員してノルマン人修道僧によって作成されたイングランドの土地台帳『ドゥームズデイ・ブック』を電子化したが、一六年後に情報を読み出そうとしたところ、コンピューターの旧式化でこれができなくなっていたのだ。いっぽう、オリジナルはロンドン郊外の公文書館に完璧な状態で保存されているのである!

こうした秩序のベクトルに対する蘊蓄が傾けられているかたわら、逸脱のベクトルを律する記憶の女神ムネモシュネに集書人生を捧げて理想の図書館を追求したアビ・ヴァールブルクの感動的なミニ・バイオグラフィーが語られる。

ヴァールブルクの考えによれば、図書館とは、何よりもまず関連性の積み重ねであり、関連性のそれぞれがさらに新たなイメージや文章の結びつきを生みだし、その関連性がついには読者を最初のページへと引き戻すのだった。ヴァールブルクにとって、図書館はつねに円環をなしていた。

本を愛する者にとっても、図書館を語る者にもバイブルとなる一冊。

 
図書館 愛書家の楽園[新装版] / アルベルト・マンゲル
図書館 愛書家の楽園[新装版]
  • 著者:アルベルト・マンゲル
  • 翻訳:野中 邦子
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(340ページ)
  • 発売日:2018-06-15
  • ISBN:4560096449
内容紹介:
アレクサンドリア図書館、ネモ船長の図書室、ヒトラーの蔵書、ボルヘスの書棚……古今東西、現実と架空の〈書物の宇宙〉をめぐる旅。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。


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知の収蔵庫といえば、蛮族ゲルマン民族に蹂躙されて消滅しかかった古典古代の叡知とキリスト教のそれを写本保存と制作というかたちでよく守り切ったのが修道院であるが、一〇〇〇年を乗り切ると、気候の温暖化に伴う人口増によって修道院もまた変化を余儀なくされ、騎士修道会と托鉢修道会というある種の「鬼子」を生みだすことになる。

修道院研究の泰斗である佐藤彰一の『剣と清貧のヨーロッパ 中世の騎士修道会と托鉢修道会』(中公新書 880円+税)は、厳格な規律に従って完徳を目指す場であった修道院が、異教徒の抹殺こそ神への奉仕であるとする騎士修道会と、キリストの清貧の生き方をこそ真似るべきだとして一切の所有を捨て喜捨のみで生きる托鉢修道会という、同根の起源に発する二つの逸脱を生んだとするユニークな視点の中世史研究。

取り上げられているのは、暴力の方向への逸脱としてのテンプル騎士修道会とホスピタル騎士修道会、ドイツ騎士修道会、イベリア半島の騎士修道会、および過激な禁欲への逸脱としての聖フランチェスコ修道会、ドミニコ修道会、ベギン派であるが、両極端は相通ずの原理で二つは相似形を成し、前者は新大陸の発見を、後者はプロテスタンティズムの土壌を用意したのである。

聖フランチェスコ、聖ドミニクスが実践した托鉢実践、すなわち自らの『生』を、完全に神の摂理に委ねるというその徹底さは、その本質においてきわめて『攻撃的な』挙措であり、それは何がしか異教徒との戦いというヨーロッパを取り巻く大状況の谺(こだま)と言えなくもない。

『禁欲のヨーロッパ』『贖罪のヨーロッパ』に継ぐ修道院三部作ここに完結である。

剣と清貧のヨーロッパ - 中世の騎士修道会と托鉢修道会 / 佐藤 彰一
剣と清貧のヨーロッパ - 中世の騎士修道会と托鉢修道会
  • 著者:佐藤 彰一
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:新書(278ページ)
  • 発売日:2017-12-20
  • ISBN:4121024672
内容紹介:
俗世間を離れ、自らの心の内を見つめ、修練をはかる修道院。12世紀、突如としてその伝統から大きく離れた修道会が生まれた。騎士修道会と托鉢修道会である。かたや十字軍となって聖地や北方、イベリア半島で異教徒と戦い、かたや都市のただ中で貧民の救済にラディカルにつとめた。これら「鬼子」ともいうべき修道会はなぜ生まれ、どのような行路をたどったのか。各修道会の戒律や所領経営などにも注目しながら通観する。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

週刊文春

週刊文春 2018年7月5日号

昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

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