読書日記
ヘレン・トムスン『9つの脳の不思議な物語』(文藝春秋)、辻村深月『小説 映画ドラえもん のび太の月面探査記』(小学館)ほか
握りこぶし二つ分ぐらいの大きさである「脳」に、宇宙に比す無限の謎と不思議がある。ヘレン・トムスン『9つの脳の不思議な物語』(仁木めぐみ訳)は、そのことを証明してくれる。
医学部出身の科学ジャーナリストで、ずっと脳に興味を持ち続けた著者は、世界中の奇妙な脳の持ち主を取材して回った。きっかけは、命令されたことに必ず従ってしまう人たちを知ったこと。「ナイフを投げろと言われればナイフを投げる」というのだ。
その他、生後9カ月より、これまでの人生のすべてを記憶している男。自宅のトイレからキッチンへ行こうとして迷子になる女性。荒くれた人生だったのが、動脈瘤(りゅう)破裂の手術後、虫も殺せない人になった等々、不思議すぎる脳たちが、次々と登場してくる。
著者は自ら十分に驚きながら、彼らの脳の中で一体何が起きているのかを、先端の脳科学研究の見地から探り、突き止める。自分でも思い通りにならない脳って何?
フォーク歌手の大塚まさじは、名曲「プカプカ」を世に送った「ザ・ディランII」でデビュー。ソロになって以後も日本全国でライブを続けてきた。私などフォーク小僧にとってレジェンドの一人。
これまで作ってきた歌の歌詞を集めたのが『歌詞集 月のしずく』。政治の季節が終わり、個人的な日常が「君」と「僕」の世界で歌になった。「こいのぼり」翻る町を「すてきな季節」に「ガムをかんで」歩けば「時は過ぎて」いく。これぞ大塚まさじの気分(カギカッコ内は曲名)。
また本書では、表紙画と題字を黒田征太郎、たっぷり収録された写真を糸川燿史、挿画を沢田としき、装丁をその妻沢田節子が担当。伝説的情報誌『プガジャ』を想起させるとともに、これは著者の人脈でもある。大阪の匂いがプンプンする作りだ。
最新アルバム「いのち」の表題作に「やりたいことがたくさんあった 人は死ぬから優しいのかな」とある。多くの同志を見送り、苦い省察が加わった新境地だ。
公開中の映画ドラえもん最新作のノベライズが『小説 映画ドラえもん のび太の月面探査記』。ふむふむ。えっ! 著者は辻村深月なの? じつは映画の脚本も辻村だった。本当に好きなんだ。月にはウサギがいると信じるのび太とともに、ドラえもんは秘密の道具と「どこでもドア」で月へワープ。空気も水も生み出し、知能あるウサギが生きる王国作りが行われる。そんな時、謎のスーパー転校生・月野ルカが現れて……。宇宙や月の天文学解説も随所にあって勉強になる。
各種ミステリーベストテンの上位にランクインしたのが、ケイト・モートン『秘密』(上下、青木純子訳)だ。1961年、少女だったローレルが母による刺殺現場を目撃。被害者が不審者だったことで、母は正当防衛が認められたが、実は男を知っていた。2011年、死を目前にした母の過去に何があったかをローレルは調べ始め、第二次大戦中、ロンドンにいた母の「秘密」を嗅ぎ付ける。戦争を挟み、現在、過去、大過去が入り交じる迷宮の果てに、「秘密」のフタがとうとう開くのだ。
ミステリーは犯罪を生んだ背景となる社会を描く。各時代がそこに刻まれている。古橋信孝『ミステリーで読む戦後史』は、そのことを周密に分析し、報告する。『獄門島』で金田一耕助が恋した娘は、復員する男を待つ。ここには旧家の婚姻制度が色濃く反映されている。医療ミス問題をいち早く取り上げた『白い巨塔』。『人間の証明』に登場する不良息子を、著者は安保時代に発生した新しい若者像と重ねる。知的障害者を持つ家族を描いた『絆』などは、本書で新たな読み方が提示される。
医学部出身の科学ジャーナリストで、ずっと脳に興味を持ち続けた著者は、世界中の奇妙な脳の持ち主を取材して回った。きっかけは、命令されたことに必ず従ってしまう人たちを知ったこと。「ナイフを投げろと言われればナイフを投げる」というのだ。
その他、生後9カ月より、これまでの人生のすべてを記憶している男。自宅のトイレからキッチンへ行こうとして迷子になる女性。荒くれた人生だったのが、動脈瘤(りゅう)破裂の手術後、虫も殺せない人になった等々、不思議すぎる脳たちが、次々と登場してくる。
著者は自ら十分に驚きながら、彼らの脳の中で一体何が起きているのかを、先端の脳科学研究の見地から探り、突き止める。自分でも思い通りにならない脳って何?
フォーク歌手の大塚まさじは、名曲「プカプカ」を世に送った「ザ・ディランII」でデビュー。ソロになって以後も日本全国でライブを続けてきた。私などフォーク小僧にとってレジェンドの一人。
これまで作ってきた歌の歌詞を集めたのが『歌詞集 月のしずく』。政治の季節が終わり、個人的な日常が「君」と「僕」の世界で歌になった。「こいのぼり」翻る町を「すてきな季節」に「ガムをかんで」歩けば「時は過ぎて」いく。これぞ大塚まさじの気分(カギカッコ内は曲名)。
また本書では、表紙画と題字を黒田征太郎、たっぷり収録された写真を糸川燿史、挿画を沢田としき、装丁をその妻沢田節子が担当。伝説的情報誌『プガジャ』を想起させるとともに、これは著者の人脈でもある。大阪の匂いがプンプンする作りだ。
最新アルバム「いのち」の表題作に「やりたいことがたくさんあった 人は死ぬから優しいのかな」とある。多くの同志を見送り、苦い省察が加わった新境地だ。
公開中の映画ドラえもん最新作のノベライズが『小説 映画ドラえもん のび太の月面探査記』。ふむふむ。えっ! 著者は辻村深月なの? じつは映画の脚本も辻村だった。本当に好きなんだ。月にはウサギがいると信じるのび太とともに、ドラえもんは秘密の道具と「どこでもドア」で月へワープ。空気も水も生み出し、知能あるウサギが生きる王国作りが行われる。そんな時、謎のスーパー転校生・月野ルカが現れて……。宇宙や月の天文学解説も随所にあって勉強になる。
各種ミステリーベストテンの上位にランクインしたのが、ケイト・モートン『秘密』(上下、青木純子訳)だ。1961年、少女だったローレルが母による刺殺現場を目撃。被害者が不審者だったことで、母は正当防衛が認められたが、実は男を知っていた。2011年、死を目前にした母の過去に何があったかをローレルは調べ始め、第二次大戦中、ロンドンにいた母の「秘密」を嗅ぎ付ける。戦争を挟み、現在、過去、大過去が入り交じる迷宮の果てに、「秘密」のフタがとうとう開くのだ。
ミステリーは犯罪を生んだ背景となる社会を描く。各時代がそこに刻まれている。古橋信孝『ミステリーで読む戦後史』は、そのことを周密に分析し、報告する。『獄門島』で金田一耕助が恋した娘は、復員する男を待つ。ここには旧家の婚姻制度が色濃く反映されている。医療ミス問題をいち早く取り上げた『白い巨塔』。『人間の証明』に登場する不良息子を、著者は安保時代に発生した新しい若者像と重ねる。知的障害者を持つ家族を描いた『絆』などは、本書で新たな読み方が提示される。