読書日記
『ジョン・ランプリエールの辞書』(東京創元社)
一八世紀、イギリス自治領チャンネル諸島のひとつジャージー島。学究の徒ジョン・ランプリエールは子爵家の美少女に恋い焦がれているのだが、ある日、彼女の水浴姿を見てしまったジョンの父が猟犬に嚙み殺されるという事件が起きる。ギリシャ神話の一挿話――ディアナの水浴姿を覗き見たために八つ裂きにされたアクタイオンのように。
そして、舞台はロンドンへ。遺産手続きのために当地を訪れたジョンは、弁護士から渡された父の遺書を読んで首をひねる。「遺された書類は全部焼き捨て、今後一切関わらないほうがいい」。セプティマスという友人を得て様々な社交場に出入りしながらも、書類が示唆する謎が頭から離れないジョン。やがて、彼は有能な弁護士の力を借りて、ビッグ・クエスチョンの核心に迫っていく。
産業革命が起こり、喧噪を誇るロンドン。隆盛を極める東インド会社。その一方で、アジアの地からもたらされる安価な綿布が国内の織物製品の需要を低下させ、失業者が増加して起こる市民暴動。隣国フランスでは絶対王政の陰りが見え――というジョンが生きていた時代背景に、一七世紀、フランスのラ・ロシェルで起こった、旧教徒による凄惨なユグノー(新教徒)弾圧の歴史をリンクさせた壮大なバロック歴史ミステリーなのだ。
物語の中でも大きな意味を持つ『古典籍固有名詞辞典』を著した主人公のジョンをはじめ、実在の人物を多々登場させることで虚構世界に史実を織り込み、虚実を判然とさせないトリッキーな語り口に陶然。自動人形やら、古代に棲息した巨大恐竜の化石化した遺骸によって形成された全長三十キロもの地下迷路やら、本筋を彩るガジェットたちがまた魅力的。往事のロンドンの風俗や政治、産業などを生き生きと立ち上がらせる闊達な筆力といい、謎を解く鍵となるギリシャ・ローマ神話世界の造詣の深さといい、全てに舌を巻く傑作なのだ。すいすい読める易しい本ではないけれど、読了した暁の充実感は半端じゃない。だから、レッツ・トライ!
【下巻】
【単行本】
【この読書日記が収録されている書籍】
 
 そして、舞台はロンドンへ。遺産手続きのために当地を訪れたジョンは、弁護士から渡された父の遺書を読んで首をひねる。「遺された書類は全部焼き捨て、今後一切関わらないほうがいい」。セプティマスという友人を得て様々な社交場に出入りしながらも、書類が示唆する謎が頭から離れないジョン。やがて、彼は有能な弁護士の力を借りて、ビッグ・クエスチョンの核心に迫っていく。
産業革命が起こり、喧噪を誇るロンドン。隆盛を極める東インド会社。その一方で、アジアの地からもたらされる安価な綿布が国内の織物製品の需要を低下させ、失業者が増加して起こる市民暴動。隣国フランスでは絶対王政の陰りが見え――というジョンが生きていた時代背景に、一七世紀、フランスのラ・ロシェルで起こった、旧教徒による凄惨なユグノー(新教徒)弾圧の歴史をリンクさせた壮大なバロック歴史ミステリーなのだ。
物語の中でも大きな意味を持つ『古典籍固有名詞辞典』を著した主人公のジョンをはじめ、実在の人物を多々登場させることで虚構世界に史実を織り込み、虚実を判然とさせないトリッキーな語り口に陶然。自動人形やら、古代に棲息した巨大恐竜の化石化した遺骸によって形成された全長三十キロもの地下迷路やら、本筋を彩るガジェットたちがまた魅力的。往事のロンドンの風俗や政治、産業などを生き生きと立ち上がらせる闊達な筆力といい、謎を解く鍵となるギリシャ・ローマ神話世界の造詣の深さといい、全てに舌を巻く傑作なのだ。すいすい読める易しい本ではないけれど、読了した暁の充実感は半端じゃない。だから、レッツ・トライ!
【下巻】
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初出メディア

TOKYO★1週間(終刊) 2000年5月23日号
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