書評
『そして山々はこだました』(早川書房)
残酷さと慈悲が彩る家族の物語
アフガニスタンの家族たちの五十年余にわたる四世代のこの物語は、たった一つのイメージが作者のなかに突如、降りてきた時に生まれたという。雪の降るなか、荷車を牽(ひ)く貧しい一家の父親。荷車には幼い兄と妹――。本書の題名は詩人ウィリアム・ブレイクの「子守の歌」の冒頭、「子どもたちの声が草原に聞こえ、山々に彼らの笑い声が響くと、わたしの心は安らぎ、あとはすべて静まりかえる」から引かれているが、それが本作のラストで深々と沁(し)みるだろう。作者自身が「逆立ちしたおとぎ話」と評しているとおり、本作は不幸な主人公が最後には救われてめでたしめでたしという展開のある意味、逆を行く。最初に父サブールが兄妹に語る恐ろしい巨人の昔話では、父親は悲惨な運命の仕打ちと同時に、心の楽園を享受する。そして最後は、ありがちなハッピーエンドではない。しかし暗澹(あんたん)たるバッドエンドでもない。作中の台詞(せりふ)にあるとおり、残酷さと慈悲は同じ一つの色が濃淡の色合いを変えたにすぎないのだ。
冒頭の親子三人が向かったのは、カブールの裕福なワーダティ家であり、妹パリは愛のない結婚をしたその家の夫婦に買われていく。兄妹の別離の悲しみは時空間を超えて、長く、長くこだまする。ほかにも本作には、様々なきょうだいの物語がうめこまれており、それは時に呼応しあい、互いの関係を照らしだすだろう。パリたちの継母パルワナと、体が不自由な双子のマスーマ。サブールとその義兄のナビ。ナビはワーダティ家に長らく仕えているが、主人の妻ニラへの憧憬を秘めながら、意外な人物に愛される複雑な立場におかれる。そして、アフガン・アメリカンのイドリスと従弟のティムール。医者になって帰郷し試練を経験するイドリスの人物造形には、多分に作者の自伝的要素が含まれているようだ。
叙述は一人称文体あり、三人称文体あり、インタビュー形式になったり、手紙の形がとられたりするが、そうした多角的な描き方にあってなお、謎めいていて衝撃的なのは、愛やセックスについて赤裸々に書く詩人でもあるニラだ。アフガニスタンは、ペルシャ語文学、とくに詩の千年余りの伝統を持ち、女性が反逆や風刺の声を発することを許されるランダイという短詩もある。抑圧下の女性芸術家であるニラの存在が物語に一段とふくらみを持たせている。
ストーリーラインには数多(あまた)の支流があり、主流と合流しないものもあるが、それすらも物語の贅沢(ぜいたく)と感じさせる。作者の新境地である。
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