書評

『忘れられた花園』(東京創元社)

  • 2017/07/05
忘れられた花園 上 / ケイト・モートン
忘れられた花園 上
  • 著者:ケイト・モートン
  • 翻訳:青木 純子
  • 出版社:東京創元社
  • 装丁:ハードカバー(349ページ)
  • 発売日:2011-02-18
  • ISBN-10:4488013317
  • ISBN-13:978-4488013318
内容紹介:
1913年オーストラリアの港に着いたロンドンからの船。すべての乗客が去った後、小さなトランクとともにたったひとり取り残されていた少女。トランクの中には、お伽噺の本が一冊。名前すら語ら… もっと読む
1913年オーストラリアの港に着いたロンドンからの船。すべての乗客が去った後、小さなトランクとともにたったひとり取り残されていた少女。トランクの中には、お伽噺の本が一冊。名前すら語らぬ身元不明のこの少女をオーストラリア人夫婦が引き取り、ネルと名付けて育て上げる。そして21歳の誕生日に、彼女にその事実を告げた。ネルは、その日から過去の虜となった…。時は移り、2005年、オーストラリア、ブリスベンで年老いたネルを看取った孫娘、カサンドラは、ネルが自分にイギリス、コーンウォールにあるコテージを遺してくれたという思いも寄らぬ事実を知らされる。なぜそのコテージはカサンドラに遺されたのか?ネルとはいったい誰だったのか?茨の迷路の先に封印され忘れられた花園のあるコテージはカサンドラに何を語るのか?サンデー・タイムズ・ベストセラー第1位。Amazon.comベストブック。オーストラリアABIA年間最優秀小説賞受賞。

古典を本歌取り、語りのモザイク

「秘密」が人間を興味深いものにする。英国南西部の海沿いに立つ壮大な領主の屋敷(マナーハウス)。ここには人知れず壁で囲われた庭園があった――謎めいたゴシック風の舞台に、語りのモザイクを凝らした傑作ミステリの登場だ。

第1次大戦前夜の1913年、ロンドンから豪州の港に着いた船には、白いトランク一つを提げた身元不明の幼女が乗っていた。ある夫婦の元でネルと命名されるが、長じて出生の秘密を知らされたとたん、「人生のページがばらばらに吹き飛んで」、過去にとり憑(つ)かれてしまう。父の死後に渡された白トランクから出てきたお伽噺(とぎばなし)集を頼りに、ネルは自らのルーツを探し求めて英国へ旅立つ——。

物語の時間軸は大きく分けて三つ、ストーリーラインは四つある。1880年代から1913年に至る時間内では、名門マウントラチェット家にまつわる物語が、主に一族の女主人と娘、そして当主の姪(めい)イライザの視点から描かれる。1975年前後の時間内では、ネルによるロンドンとコーンウォールでのルーツ探しが書かれ、2005年前後の時間内では、ネルの死後、白トランクは孫カサンドラへと受け継がれ、彼女は祖母の謎を解くべく渡英する。

名門一族の伝統は嘘(うそ)で塗り固められていたのではないか……?

ひねりの連続で展開されるモダンサスペンスだが、全編が古典名作へのオマージュに彩られている。古いトランクから謎の文書が出てきて物語が始まる、というのはクラシックな欧米文学の常套(じょうとう)だし、また、孤児の少女が壁に囲われた庭園を慈しむことで成長していくバーネットの『秘密の花園』を精密な下絵にしているのは言うまでもない。しかし本作にいっそうの味わいを与えているのは、親をなくした子たちの物語であると同時に、子をなくした親たちの物語でもあるという重層性だろう。双方の喪失の哀(かな)しみと再生への希望が共鳴して、物語の細かい襞(ひだ)を織りなし、本歌の古典より一回り広い視界と複雑な情感を読者にもたらす。また、イライザが屋敷で初めてすごす嵐の夜の描写や「巣を横取りする郭公」の喩(たと)えなどは、『嵐が丘』を濃厚に想起させるし、死後にますます存在感を強めて海辺の屋敷を支配する美しく奔放な女性と、それに怯(おび)える庶民上がりの妻の構図は、『レベッカ』そのものである。

古めかしい道具立てを配しながら、現代的で普遍的な心理ドラマを浮かび上がらせる。それこそは、ゴシック文学をその時代時代で更新してきたブロンテやデュモーリアが行ってきたことに他ならない。本書はあえて謎を解かないミステリであり、2度にわたる「不正解」をそのまま内包して終わる。そうして答えを出さない地点に留(とど)まり得たことで、人があやまつことの秘密に、むしろ一歩深く踏みこんだ。

ルビ遣いに至るまで巧みでトリッキーな訳文を含め、翻訳小説の粋を集めた一冊である。

秘密の花園〈上〉  / フランシス・ホジソン バーネット
秘密の花園〈上〉
  • 著者:フランシス・ホジソン バーネット
  • 翻訳:吉田 勝江,山内 玲子
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(261ページ)
  • 発売日:2005-03-16
  • ISBN-10:4001141248
  • ISBN-13:978-4001141245
内容紹介:
遠いインドでいちどに両親を失ったメアリは、イギリスの田舎のおじさんの家にひきとられました。そのお屋敷には、入口の鍵がかかったまま、十年間誰も入ったことがないという「秘密の庭」がありました…。バーネットの名作。小学5・6年以上。

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嵐が丘 / エミリー・ブロンテ
嵐が丘
  • 著者:エミリー・ブロンテ
  • 翻訳:鴻巣 友季子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:ペーパーバック(707ページ)
  • 発売日:2003-06-28
  • ISBN-10:410209704X
  • ISBN-13:978-4102097045
内容紹介:
永遠の恋愛小説。待望の新訳成る!寒風吹きすさぶヨークシャーにそびえる〈嵐が丘〉の屋敷。その主人に拾われたヒースクリフは、屋敷の娘キャサリンに焦がれながら、若主人の虐待を耐え忍ん… もっと読む
永遠の恋愛小説。待望の新訳成る!

寒風吹きすさぶヨークシャーにそびえる〈嵐が丘〉の屋敷。その主人に拾われたヒースクリフは、屋敷の娘キャサリンに焦がれながら、若主人の虐待を耐え忍んできた。そんな彼にもたらされたキャサリンの結婚話。絶望に打ちひしがれて屋敷を去ったヒースクリフは、やがて莫大な富を得、復讐に燃えて戻ってきた……。一世紀半にわたって世界の女性を虜にした恋愛小説の“新世紀決定版”。

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レベッカ〈上〉  / ダフネ・デュ・モーリア
レベッカ〈上〉
  • 著者:ダフネ・デュ・モーリア
  • 翻訳:茅野 美ど里
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(439ページ)
  • 発売日:2008-02-28
  • ISBN-10:4102002030
  • ISBN-13:978-4102002032
内容紹介:
ゆうべ、またマンダレーに行った夢を見た-この文学史に残る神秘的な一文で始まる、ゴシックロマンの金字塔、待望の新訳。海難事故で妻を亡くした貴族のマキシムに出会い、後妻に迎えられたわたし。だが彼の優雅な邸宅マンダレーには、美貌の先妻レベッカの存在感が色濃く遺されていた。彼女を慕う家政婦頭には敵意の視線を向けられ、わたしは不安と嫉妬に苛まれるようになり…。

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忘れられた花園 上 / ケイト・モートン
忘れられた花園 上
  • 著者:ケイト・モートン
  • 翻訳:青木 純子
  • 出版社:東京創元社
  • 装丁:ハードカバー(349ページ)
  • 発売日:2011-02-18
  • ISBN-10:4488013317
  • ISBN-13:978-4488013318
内容紹介:
1913年オーストラリアの港に着いたロンドンからの船。すべての乗客が去った後、小さなトランクとともにたったひとり取り残されていた少女。トランクの中には、お伽噺の本が一冊。名前すら語ら… もっと読む
1913年オーストラリアの港に着いたロンドンからの船。すべての乗客が去った後、小さなトランクとともにたったひとり取り残されていた少女。トランクの中には、お伽噺の本が一冊。名前すら語らぬ身元不明のこの少女をオーストラリア人夫婦が引き取り、ネルと名付けて育て上げる。そして21歳の誕生日に、彼女にその事実を告げた。ネルは、その日から過去の虜となった…。時は移り、2005年、オーストラリア、ブリスベンで年老いたネルを看取った孫娘、カサンドラは、ネルが自分にイギリス、コーンウォールにあるコテージを遺してくれたという思いも寄らぬ事実を知らされる。なぜそのコテージはカサンドラに遺されたのか?ネルとはいったい誰だったのか?茨の迷路の先に封印され忘れられた花園のあるコテージはカサンドラに何を語るのか?サンデー・タイムズ・ベストセラー第1位。Amazon.comベストブック。オーストラリアABIA年間最優秀小説賞受賞。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2011年3月20日

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