読書日記

『座席ナンバー7Aの恐怖』セバスチャン・フィツェック(文藝春秋)、『古書古書話』荻原魚雷(本の雑誌社)、『山海記』佐伯一麦(講談社)ほか

  • 2019/05/14
◆『座席ナンバー7Aの恐怖』セバスチャン・フィツェック/著(文藝春秋/税別2250円)
じつは飛行機に乗るのが苦手で、ずっと緊張して眠れた試しがない。そんな臆病者を、最高に怖がらせてくれるのが、セバスチャン・フィツェック『座席ナンバー7Aの恐怖』(酒寄進一訳)。

評判になった前作『乗客ナンバー23の消失』の舞台は客船だった。閉鎖空間がサスペンスを生むという常道に、著者はさらにあの手この手で負荷を加える。旅客機に乗った飛行機恐怖症の精神科医の携帯に着信あり。出ると、娘の命が惜しくば、乗っている旅客機を墜落させろと言うのだ。

タイムリミットは機がベルリンの空港に着陸するまで。娘はベルリンで男に拉致され、廃虚に監禁。医師の元カノは、必死で誘拐された医師の娘の行方を追い、機内では、正体の知れない謎とピンチの板挟みで、主人公は恐怖の断崖に!

頼みのチーフパーサーは、主人公のかつての患者で心に傷を負っているというのだから、私はもう知らないよ。怖い怖い小説に、ちゃんと結末があってよかった。

座席ナンバー7Aの恐怖 / セバスチャン フィツェック
座席ナンバー7Aの恐怖
  • 著者:セバスチャン フィツェック
  • 翻訳:酒寄 進一
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(382ページ)
  • 発売日:2019-03-08
  • ISBN-10:4163909923
  • ISBN-13:978-4163909929
内容紹介:
娘の命が惜しければ今おまえが乗っている飛行機を落とせ。空の密室で進行する無数の策謀、その末のドンデン返し。これぞ徹夜本!

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◆『古書古書話』荻原魚雷・著(本の雑誌社/税別2200円)

荻原魚雷『古書古書話』は、雑誌連載10年分を中心に、古本とのつき合いと、古本から学んだ話が大盤振る舞いされている。

450ページ強のどこから開いても構わないが、たとえば古本への誘いは、フリーライターの大先輩・竹中労だった。「読むたびに、からだがかっと熱くなる」と言う。アナーキズムも奇人変人への嗜好(しこう)も、その後の人生も、竹中と古本屋通いが作り上げた。

「別に誰に頼まれたわけでもなく、好きでやっている。好きでやっていることだからこそ、いいかげんなことは許されない」は、映画専門の古書店主のことを表した言葉だが、そのまま著者の信条になっていると、読者はすぐに気づくだろう。荻原魚雷は、空気のように古本を吸収する人である。

扱う古本は、文学、実用書、漫画、音楽、将棋、野球、釣り、家事と幅広い。今はそこに「街道」が加わった。「人が歩いた後に道ができるように読書の後にも道ができる」とは名言である。

古書古書話 / 荻原 魚雷
古書古書話
  • 著者:荻原 魚雷
  • 出版社:本の雑誌社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(464ページ)
  • 発売日:2019-03-21
  • ISBN-10:4860114272
  • ISBN-13:978-4860114275
内容紹介:
古本文学たっぷり。本の数だけ世界は広がる。人を知り、人生は深まる。古本処世の達人が読み歩く、しあわせな読書エッセイ。

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◆『山海記』佐伯一麦・著(講談社/税別2000円)

佐伯一麦(かずみ)は仙台在住の作家。東日本大震災を経験した。しかし、『山海記(せんがいき)』の舞台は紀伊半島の山あいの村だ。震災と同じ年、和歌山を台風が通過し、豪雨が山の斜面を削った。災害は土地と風景を変え、人々の暮らしを変える。そのことを確かめるため、奈良県大和八木駅からバスに乗り、十津川村を目指す。日本一長い距離を走る、有名な路線バスだ。バス車中から、村々の名を確かめ、地誌と歴史に思いを馳(は)せ、同時に自分の過去をも振り返る旅。私小説というスタイルの黙示録。

山海記 / 佐伯 一麦
山海記
  • 著者:佐伯 一麦
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(274ページ)
  • 発売日:2019-03-22
  • ISBN-10:4065149940
  • ISBN-13:978-4065149942
内容紹介:
東北の震災後、水辺の災害の歴史と記憶を辿る旅を続ける彼は、その締めくくりに震災と同じ年に土砂災害に襲われた紀伊半島に向かう。

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◆『葛飾土産』永井荷風・著(中公文庫/税別1000円)

永井荷風没後60年。荷風は麻布・偏奇館を焼かれ、戦後は千葉県市川へ身を寄せる。『葛飾土産(かつしかみやげ)』は、その時期に書かれた作品集。表題作を読むと、東京は焼き払われ変貌したが、市川に「むかしの向嶋を思出させるような好風景」を発見している。そして梅の花が閑却される風潮を嘆くのだ。荷風はそこに江戸を見ていた。古木や古碑を訪ね、水辺を歩く散歩者の姿が、この一編に映し出されている。その姿を「精神の脱落」と、厳しく切り捨てた石川淳「敗荷落日」を巻末に収める。

葛飾土産 / 永井 荷風
葛飾土産
  • 著者:永井 荷風
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(329ページ)
  • 発売日:2019-03-20
  • ISBN-10:4122067154
  • ISBN-13:978-4122067158
内容紹介:
麻布・偏奇館から終の棲家となる市川へ。「戦後はただこの一篇」と石川淳が評した表題作ほか、「東京風俗ばなし」などの随筆、短篇小説「にぎり飯」「畦道」、戯曲「停電の夜の出来事」など十… もっと読む
麻布・偏奇館から終の棲家となる市川へ。「戦後はただこの一篇」と石川淳が評した表題作ほか、「東京風俗ばなし」などの随筆、短篇小説「にぎり飯」「畦道」、戯曲「停電の夜の出来事」など十九編を収めた戦後最初の作品集。巻末に久保田万太郎翻案による戯曲「葛飾土産」、石川淳「敗荷落日」を併録する。〈解説〉石川美子

●没後60年/生誕140年記念
【目次】
にぎり飯/心づくし/秋の女/買出し/人妻/羊羹/腕時計/或夜/噂ばなし/靴/畦道/停電の夜の出来事/春情鳩の街/葛飾土産/細雪妄評/木犀の花/東京風俗ばなし/裸体談義/宮城環景を観る

【付録】
葛飾土産(久保田万太郎)/敗荷落日(石川淳)

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◆『「砂漠の狐」ロンメル』大木毅・著(角川新書/税別900円)

第二次大戦のドイツ軍で、唯一の人気者がこの陸軍元帥。『「砂漠の狐」ロンメル』だ。北アフリカの戦線で、巧みな戦略で圧倒的強さを誇り伝説となった。たびたび映画化もされ、ジェームズ・メイソンが2度も扮(ふん)した。しかし大木毅(たけし)は、それらの英雄的神話を、最新の学説を元に検証し、疑義を唱える。88ミリ高射砲による水平射撃という戦法の独創性、あるいは連合軍のノルマンディー上陸を信じていたという説等。ヒトラー暗殺計画の真相は? 虚像で塗り固められた人物の実像を描き出す。

「砂漠の狐」ロンメル ヒトラーの将軍の栄光と悲惨 / 大木 毅
「砂漠の狐」ロンメル ヒトラーの将軍の栄光と悲惨
  • 著者:大木 毅
  • 出版社:KADOKAWA
  • 装丁:新書(320ページ)
  • 発売日:2019-03-09
  • ISBN-10:4040822552
  • ISBN-13:978-4040822556
内容紹介:
第二次世界大戦を動かした男の虚像と実像を暴く。俗説を打破する決定版!

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サンデー毎日 2019年4月28日増大号

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