コラム
品川力『古書巡礼』(青英舎)、『本豪落第横丁』(青英舎)
書物の愛しかた
本郷ペリカン書房の品川力さんが、仕事場に立ち寄られた(ALL REVIEWS事務局注:本コラム執筆時期は1992年頃)。辻潤や野溝七生子の話をしているうちに、「そういえば白山の南天堂のことがでている本が手元にありますよ。どうです、これから来ませんか」とおっしゃるので、豆腐を買って帰る徒歩の品川さんを、あとから自転車で追いかけた。
明治三十年代生まれの青年、品川さんは逸話の多い方である。立原道造や織田作之助、大塚久雄の通った東大前のレストラン・ペリカンの主人であり、太宰治『ダス・ゲマイネ』の作中人物、謹直な無教会派のクリスチャン、「内村鑑三研究文献目録」製作者、『アンアン』のモデル、小学生にベートーベンとまちがわれた方、冬でも半袖にカウボーイハットで町歩き……。
研究者にとっては、唾涎の資料を探しだし、安く譲ってくださるありがたい「資料配達人」であるが、こわいこわい「誤り正し」の天才でもある。ペリカン書房で売る本はたいてい目を通し、正誤表をつけておられたりする。私の『谷中スケッチブック』に関しても、初版を読んで誤植カードを作って下さった。厚さが三センチほどありびっくり。著者としては恥ずかしいことだが、再版で直すことができ、たいへん感謝している。
これを「あげ足取り」と勘違いする人もいるらしいが、品川さんは世に正しい知識が広まることだけを願い、こんなボランティアをしてくださるのである。この品川さんの『古書巡礼』、『本豪落第横丁』(共に青英舎)は書物の愛しかたを体得したい人におすすめの本、シンラツだがユーモアがあり、心がのびやかになる実用書でもある。
私は文献やインタビューによって小さな地域の歴史を掘り起こし、雑誌『谷根千』にまとめているが、「こんなものでよかんべイズム」になり、肩が丸まってくると、この二冊を読み返し、また背すじをのばす。だって、のっけから見出しが「書物に索引を付けない奴は死刑にせよ」ですもんね。後世、本が人の役に立つには索引がいかに重要か。人名や書名の表記におそろしく詳しい品川さんの「誤記実例」は参考になる。
古書市場で書物に腰を下ろしている人を見て「大工は自分の道具箱をまたがないものときいている」とぴしゃり。図書館が本文のページの間まで判を押すのは「美しい女性の柔はだに、焼印をジーッとおすがごとく」だ。大切な資料をキチンと荷造りして送ったのに、封筒一枚にホチキスで止めて送り返され、礼の一言もないのに品川さんは怒る。かといってガチガチの厳重包装もいただけない。「恋人(本)の息の根を止めないようなやわらかな荷づくり」がいいそうだ。
石川三四郎の個人誌『ディナミック』合本を棚にみつけて、アと声を上げる私に、親切な品川さんは「貸してもいいですよ、ですがあなたはよく本のハシを折りますね」。よく見ていらっしゃる。せわしいなかで書評をかくとき、ついやってしまう。「大切なお借りした本は決して折りません」とあわてて弁明して貸していただいた。
この品川さんは巧みな生活人でもあって、おいしい豆腐を探すために町を歩く労をいとわず、おいしいコーヒーを淹れるために某寺まで井戸水をくみにいく。二十数年、亀の子タワシで体をこすって病気しらず。品川さんに教えてもらうのは、自由で仕立てのよい暮らし、である。
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