読書日記

『ランチのアッコちゃん』(双葉社)、『お望みなのは、コーヒーですか?』(岩波書店)、『都市は人類最高の発明である』(NTT出版)ほか

  • 2020/08/24
某月某日 柚木麻子『ランチのアッコちゃん』を読む。

主人公は東京の麹町のビルにある出版社で働く女性派遣社員。彼女は、上司「アッコ女史」のために一週間、弁当を作る約束をする。そして、代わりにアッコ女史の「一週間のランチのコース」をプレゼントされる。アッコ女史は、月曜日から金曜日まで、曜日毎に決まった場所で昼ご飯を食べるのだ。

月曜日は、古い雑居ビルの中のカレー専門店。ここは、デザイン事務所のオーナーが趣味でこっそりやっているお店である。火曜日には、ジョギングウェアとジョギングシューズを渡される。この日行くのは、有楽町に出る移動屋台のスムージー屋。皇居半周、約2・5キロのジョギング込みのランチである。

これらの「おつかい」じみた毎日のランチには「陰謀」が仕込まれている。恋人にフラれて落ち込んでいた主人公は、美味しいランチによって精神的に回復するだけでなく、新たな人に出会い、また自分の得意なことを仕事に活かす主体性をも身につけることになる。

本書のテーマは、食を通したコミュニケーションとそれを通した成長である。

昨今、食とコミュニティという主題は、流行っていると言っていい。「一番いけないのはお腹が空いていることと、一人でいること」というのは、アニメ映画の『サマーウォーズ』のなかのセリフ。また、『食堂かたつむり』『かもめ食堂』もその類いだ。つまり、流行っているのは、食を通した共同体の回復といったものだろう。これらと『ランチのアッコちゃん』の違いは、『ランチの~』は、徹底的に都市のコミュニティに挑んでいるところにある。癒やされたいOLが、田舎の優しさに触れる話とは、つまりは逃避である。さらに言えば欺瞞だ。田舎を都合よく書き換えた「オリエンタリズム」である。だが『ランチの~』では田舎に逃げず都市を描く。

第二編では、移動ポトフ屋を起業したアッコ女史が、ホストやホステスが仕事を終える朝方の新宿歌舞伎町、夜勤の看護婦たちのいる大病院といった都市の見えにくい部分を回っていく。都市にはさまざまな職業の人々が存在し、彼らの生活から食を切り離すことはできない。

こんなセリフが登場する。「知ってる? 一人で食事をするより、誰かと一緒に食べた方が長生きするのよ」。派遣OLの主人公も、寂しく弁当を食べている一人だが、アッコ女史を通して自分の居場所を、都市の中に見つけていく。

ランチのアッコちゃん / 柚木 麻子
ランチのアッコちゃん
  • 著者:柚木 麻子
  • 出版社:双葉社
  • 装丁:文庫(200ページ)
  • 発売日:2015-02-12
  • ISBN-10:4575517569
  • ISBN-13:978-4575517569

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某月某日 『お望みなのは、コーヒーですか?』を読む。本書はスターバックスコーヒーの歴史の話である、そして同時に、政治参加やコミュニティ形成が、消費を通して行うものになりつつあるということに触れた本でもある。

例えばスターバックス(以下スタバ)は、自然環境保護やフェアトレードといった政治に関わるメッセージを発信している。つまり、スタバのコーヒーを買うということは、それらへの賛同の意も含むことになる。人々は、コーヒーを消費することで、同時に投票に近い政治選択を下すことになるのだ。

スタバはフェアトレードの豆を使用していると宣伝しているが、実際には使う豆のほんの数パーセントに過ぎないという事実にも触れられる。

本書はもうひとつ、スタバが繁盛する理由のひとつに、都市におけるコミュニティの復活があることを指摘する。スタバには一人客が多い。彼らは、家で一人で過ごすのではなく、誰かしらと触れあうことを欲している。もちろん、スタバで友だちができるわけではないが、誰かが常に隣にいるような環境を欲しがっている。かつての農村的な監視コミュニティはいらないが、都市で一人もイヤ。ちょうどいい湯加減のコミュニティがスタバ。その感覚はよくわかる。昨今のバールブームにも、同じ感覚を感じる。

お望みなのは、コーヒーですか?――スターバックスからアメリカを知る / ブライアン・サイモン
お望みなのは、コーヒーですか?――スターバックスからアメリカを知る
  • 著者:ブライアン・サイモン
  • 翻訳:宮田 伊知郎
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(320ページ)
  • 発売日:2013-04-10
  • ISBN-10:400025894X
  • ISBN-13:978-4000258944

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某月某日 『都市は人類最高の発明である』を読む。これは「都市は勝利した」ことを謳う本。著者の経済学者、エドワード・グレイザーは「長距離を結ぶ費用が落ちるにつれて、近接性がかつてないほどに重要になってきた」と指摘する。

エ業の時代が終わり、アイデアやサービスといったものが産業の中心になった。そんな時代に収益を生むのは人と人の物理的な距離の近さである、というのが本書の前提である。都市の方が収益効率がいいと経済学者が主張したところで目新しくはない。だが、グレイザーが言う「都市の勝利」とは、それだけではない。驚いたのは、自然環境の保護=エコロジーを実現するもっとも有効な手段がコンクリート生活だという部分。

グレイザーはエネルギー省のデータを見て、「ニューヨーク州の一人当たりエネルギー消費は全米で下から二番目だ」という。だが考えて見れば、大勢が公共交通機関を利用する大都市がエコであるのは当たり前。過度な近代化を敵視するような人々は、大概において非都市論者でもある。彼らの多くは都市を、自然と共存する人間本来の生き方に反するものとして捉えるが、「サステナビリティ」という側面を考えると、人が車を所有せず、狭い場所に密集して住む都市生活が正解である。

昨年『都市と消費とディズニーの夢』という世界のショッピングモール化についての本を書いた。日本人はすぐにモール=郊外と短絡するが、これは都市論である。「都市と集積」が本の主題だったが、まさに『都市は人類最高~』は、集積こそ正義ということを裏付けてくれる。書く前に読んでおけばよかった。

都市は人類最高の発明である / エドワード・グレイザー
都市は人類最高の発明である
  • 著者:エドワード・グレイザー
  • 翻訳:山形 浩生
  • 出版社:NTT出版
  • 装丁:単行本(484ページ)
  • 発売日:2012-09-24
  • ISBN-10:475714279X
  • ISBN-13:978-4757142794

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小説すばる 2013年12月号

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