コラム
山本 ふみこ『元気がでる美味しいごはん』(晶文社)、村松 マリ・エマニュエル『さくらんぼのしっぽ』(柏書房)
料理の本ていっぱいあるよね。
私も昔は女性誌のレシピのカードを切り抜いたり、新妻のときは「簡単にできる惣菜五百種」とか買いこんで作ったわよ。でも、近頃それじゃなんだか物足りないのです。だって仕事から疲れて帰ってきて、すぐカードを見て夕食づくりなんて味気ないんですもん。
まずホッとして。ビールの栓ぬいて。『元気がでる美味しいごはん』(晶文社)を開きます。著者山本ふみこさんも私と同じ、二人子どものいるひとり親。
ちゃぶ台に原稿用紙を広げ、大鍋にお湯をわかして牛肉、アスパラガス、えのきだけ、さやえんどうをつぎつぎに茹(ゆ)でていくんだって。「皿まわってます、まわってます」とつぶやきながらちゃぶ台と調理台を行ったりきたり。
なーるほど。今晩はこの手でいこう。と私も書きかけの原稿用紙を広げ、お鍋をガスに……。つまり〈作り方〉よりも〈作る背景〉〈作る状況〉こそが大事なのでありまして、この本は気持よくそこのところが書けていて励まされるのです。ひとり親のよしみか共感することも多い。ドーンとおちこんだときの「立ち直りの儀式」には笑ってしまった。カラオケルームで二時間ぶっ通しで歌う。好きな音楽をかけて裸で踊る。かたっぱしから電話する。ゆっくり泣く……こんどためしてみよう。
〈鶏の香味煮〉〈キムチ鍋〉〈ピーマンのたらこソテー〉などさっそくレパートリーに。うまいのなんのって。
さてもう一冊。ちょっと物語のほしい方には『さくらんぼのしっぽ』(柏書房)がおすすめ。とってもきれいな本なの。日本人の研究者と結婚した著者、村松マリ=エマニュエルさんはおばあさんから伝わった、気楽なお菓子の作り方を教えてくれます。
バターよりマーガリンを使う。小麦粉は強力粉でも薄力粉でもいいし、ふるってもふるわなくてもよいし、分量は正確にはかんなくてもいいのよ、だから私のようなズボラは大喜び。
本を見ながら、イースターのお菓子プチ・フール・サン・ピエールというクッキーを焼いてみました。うさぎやにわとり、ハート型で抜いて粘土細工みたい。マリさんはゴマかレーズンで目をつけます、と書いていますが、私はクローブの実を目にしてみました。ちょっとエスニックな香りになります。
どれも小麦粉と砂糖とマーガリンと、そして少々のお酒やアーモンドがあればできてしまうような簡単さですが、添えられた自筆の絵がたのしい。そして、アルザス地方に伝わるシュトルーデルのパイ皮は「生地を透かして二十年前の恋文が読めるほど薄くなければならない」んですって。こんな洒落た表現が、家族と共にある時間の豊潤さを思い知らせてくれます。土曜日の昼下がり、コーヒーでもいれて、ちょっと眺めてさあお菓子づくり。
タイトルのさくらんぼのしっぽ、これは生涯独身のアンリエットおばさんが大事そうにエプロンのポケットへいれてたそうな。「これでお茶をつくると、おしっこがよく出るんだよ」って。シャンソン「桜んぼの実る頃」は甘い歌に聞こえますが、四番には、かのパリコミューンのとき「バリケードの中にいたことを忘れない」って歌詞があるとか。フランス人の暮らしの背骨が見えてくる本です。
【このコラムが収録されている書籍】
私も昔は女性誌のレシピのカードを切り抜いたり、新妻のときは「簡単にできる惣菜五百種」とか買いこんで作ったわよ。でも、近頃それじゃなんだか物足りないのです。だって仕事から疲れて帰ってきて、すぐカードを見て夕食づくりなんて味気ないんですもん。
まずホッとして。ビールの栓ぬいて。『元気がでる美味しいごはん』(晶文社)を開きます。著者山本ふみこさんも私と同じ、二人子どものいるひとり親。
ちゃぶ台に原稿用紙を広げ、大鍋にお湯をわかして牛肉、アスパラガス、えのきだけ、さやえんどうをつぎつぎに茹(ゆ)でていくんだって。「皿まわってます、まわってます」とつぶやきながらちゃぶ台と調理台を行ったりきたり。
ついに原稿は書きあがり、食卓には〈ごはん、牛肉の冷たいしゃぶしゃぶ、アスパラガス、にんじん・わかめ・えのきだけ・大根のサラダ(ソースは味噌とマヨネーズを合わせたもの)、きぬさやのおみおつけ〉がならんだ。
なーるほど。今晩はこの手でいこう。と私も書きかけの原稿用紙を広げ、お鍋をガスに……。つまり〈作り方〉よりも〈作る背景〉〈作る状況〉こそが大事なのでありまして、この本は気持よくそこのところが書けていて励まされるのです。ひとり親のよしみか共感することも多い。ドーンとおちこんだときの「立ち直りの儀式」には笑ってしまった。カラオケルームで二時間ぶっ通しで歌う。好きな音楽をかけて裸で踊る。かたっぱしから電話する。ゆっくり泣く……こんどためしてみよう。
〈鶏の香味煮〉〈キムチ鍋〉〈ピーマンのたらこソテー〉などさっそくレパートリーに。うまいのなんのって。
さてもう一冊。ちょっと物語のほしい方には『さくらんぼのしっぽ』(柏書房)がおすすめ。とってもきれいな本なの。日本人の研究者と結婚した著者、村松マリ=エマニュエルさんはおばあさんから伝わった、気楽なお菓子の作り方を教えてくれます。
バターよりマーガリンを使う。小麦粉は強力粉でも薄力粉でもいいし、ふるってもふるわなくてもよいし、分量は正確にはかんなくてもいいのよ、だから私のようなズボラは大喜び。
本を見ながら、イースターのお菓子プチ・フール・サン・ピエールというクッキーを焼いてみました。うさぎやにわとり、ハート型で抜いて粘土細工みたい。マリさんはゴマかレーズンで目をつけます、と書いていますが、私はクローブの実を目にしてみました。ちょっとエスニックな香りになります。
どれも小麦粉と砂糖とマーガリンと、そして少々のお酒やアーモンドがあればできてしまうような簡単さですが、添えられた自筆の絵がたのしい。そして、アルザス地方に伝わるシュトルーデルのパイ皮は「生地を透かして二十年前の恋文が読めるほど薄くなければならない」んですって。こんな洒落た表現が、家族と共にある時間の豊潤さを思い知らせてくれます。土曜日の昼下がり、コーヒーでもいれて、ちょっと眺めてさあお菓子づくり。
タイトルのさくらんぼのしっぽ、これは生涯独身のアンリエットおばさんが大事そうにエプロンのポケットへいれてたそうな。「これでお茶をつくると、おしっこがよく出るんだよ」って。シャンソン「桜んぼの実る頃」は甘い歌に聞こえますが、四番には、かのパリコミューンのとき「バリケードの中にいたことを忘れない」って歌詞があるとか。フランス人の暮らしの背骨が見えてくる本です。
【このコラムが収録されている書籍】
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