『ビスケットとクッキーの歴史物語』(原書房)

ビスケット。それは、甘くてサクサク、郷愁の味だ。
料理とワインについての良書を選定するアンドレ・シモン賞特別賞を受賞した人気シリーズの最新刊は『お菓子の図書館 ビスケットとクッキーの歴史物語』。
チョコチップクッキーは失敗作だった？ ビスケットと南極探検の意外な関係とは？
お菓子に秘められた数々のエピソードは知らなかったことだらけ。
本書「訳者あとがき」を公開する。

船乗りの栄養源が甘い嗜好品になるまで

本書を訳しながら、何度クッキーを買いに走ったことだろう。
ウォーカーのショートブレッド、ビスコッティ、チョコチップクッキー……。
夜中にもぐもぐと頬張りながら、世界各国のクッキー（ビスケット）がいとも簡単に手に入ることにあらためて驚き、しみじみと感謝の念（と背徳感）を覚えること数知れず。
それもこれも、先人たちの努力のたまものである。
もともとは味もそっけもない、生きるための栄養源だった乾パン。
それが砂糖の流通、産業革命による機械生産の発展にともなって、おいしく手軽なクッキー（ビスケット）へと変貌し、こうして日々、私たちのもとに届けられている。

本書『お菓子の図書館 ビスケットとクッキーの歴史物語』イギリスの Reaktion Books が刊行している The Edible シリーズの一冊である。
数々の食べ物にスポットライトを当てたこのシリーズは2010年、料理とワインに関する良書を選定するアンドレ・シモン賞の特別賞を受賞した。
著者のアナスタシア・エドワーズはライター兼食物史の研究家で、イギリスのBBCラジオに出演した際、ビスケットについて熱く語っている。
本書の序章でも、これらの菓子をアメリカ流の「クッキー」ではなく「ビスケット」と呼ぶとわざわざ断りを入れるあたりに、ビスケットの「伝統国」出身のプライドが垣間見えて面白い。

日本では、どちらかといえば「クッキー」の呼び名のほうが一般的だと思うが、これはやはりアメリカの影響が強いからだろう。
クッキーの語源はオランダ語の「クーキエ（koekie）」だとされ、オランダからの移民がこの菓子を北米に伝えた際に、英語で「クッキー」になったといわれている。
ちなみに、アメリカでビスケットといえば、いわゆるスコーンのようなものを指す。
このあたりの説明は本書にくわしく書かれているので、まだ本文を読まれていない方はぜひとも一読していただき、ビスケット（クッキー）の歴史を楽しんでいただければ幸いである。

本書では、ビスケットがいつ、どのような形で誕生し、いかなる役割を担いながら現在の形に定着していったのか――船乗りの命をつなぐだけの簡素な栄養源だったビスケットが、現代においてなくてはならない嗜好品に変わっていくようすなど――が、数々の資料をもとに紐解かれている。
また「素朴な手作り」クッキーで成功を収めた「ミセス・フィールド」や、いまや贅沢品の象徴ともいえるマカロンの老舗「ラデュレ」のマーケティング戦略の背景なども描かれていて興味深い。

本書の巻末に収録された世界各国のビスケットのリストにも、ぜひ目を通していただきたい。
これを眺めているだけでも、ビスケットの歴史の深さと多様性に圧倒されるし、おそらくは初めて耳にするビスケットもたくさんあって、どんな味だろうと想像するだけでも楽しいはずだ。

［書き手］片桐恵理子（翻訳家）