――では楽しい漬かり時間です。うま味風呂に浸からせ、その味を豚たちのものとさせるので、いつもより濃いめに味をつけていきます――。
滝沢カレン著『カレンの台所』(サンクチュアリ出版・1540円)にある「豚の生姜焼き」より。
こんなに愉快な料理の本は今まで読んだことがない。
新型コロナの巣ごもり需要なのか、ベストセラーリストには料理本が何冊も入っている。どれも個性が際立つものばかりだけど、ひときわ輝いているのが本書だ。著者はモデルで女優(だそうだが、テレビを持っていない私は、まだ見たことがない。どんな演技をする人なのだろう)。
ブリ大根や肉じゃが、しゅうまい、キーマカレーにロールキャベツと、家庭料理の定番がずらりと並ぶ。
この本の特徴は二つ。まず、冒頭にも引用したように、文章がすばらしい。「最後の恩返しをと、サバ味噌御殿にキリンの睫毛くらい刻んだ生姜を招待しましょう」とか、「豚肉の怒りがおさまったら、味の旨味を持ってないフリしてしっかり持っている玉ねぎと硬くて嚙めやしない人参を優先させてください」とか。前者は「サバの味噌煮」、後者は「中華丼」から。
なんだか料理が人形遊びみたいに思えてくる。
二つ目の特徴は、材料や調味料の量が書かれていないこと。「砂糖大さじ2杯」とか「胡椒少々」といった、レシピ本に必ず出てくる表現がないのだ。鶏の唐揚げの下ごしらえに使う醬油は「全員に気づかれるくらいの量」で、にんにくと生姜のすりおろしは「鶏肉ひとつにアクセサリーをつけるくらいの気持ちで」。すべて目分量。
ハンバーグの合いびき肉なんて「豚7:牛2」って、あとの1はどこへ行った?と思うけど、そんなこと気にしない、気にしない。「今日失敗したらまた明日、いやまた次作るとき頑張りゃいいのだから」と著者はいう。
私は、今年こそ料理に挑戦するぞと誓い続けて十数年。この本だったら、できるかもしれない。